■膨張を続ける雇用のリスクとコスト
2017年に政府から示され、2019年から続々と関連制度が施行されている“働き方改革”は正社員雇用のコストとリスクをどんどん膨らませる一方です。直接的なコストの面では、残業時間規制に対応した増員も有給取得必須化も人件費を押し上げます。
既に以前から始まっている介護保険の負担の増加みならず、本人の健康管理や安全対策の徹底などもコストやリスクを増大させる要因となっています。働くことに対する価値観のみならず、人間関係に対する価値観の相違などから、容易にパワハラ・モラハラ・セクハラなどが起きたりしやすくなりました。もちろん、各種のハラスメントは組織の人員が互いに対する配慮が十分であれば起きないものです。しかし、職場内の人員にとって従前全く気にしなくてよかったことを、十分に配慮しなくてはならなくなったことが、既に大きなリスクになっていると言っても過言ではありません。
それ以前に、中小零細企業にとって膨大なコストをかけて採用しても、様々な理由から離職して行く人員によって、どんどん資金は浪費されます。また、離職が増えれば、オペレーションの質も確実に落ちて行き、基本的なQCDのバランスも崩れるだけでなく、情報セキュリティ確保なども危うくなってきます。端的に言えば、pepper君なら退職時に社内データを持ち出すこともありませんし、職場の悪ふざけ動画をアップして店舗閉鎖を招くようなことはないのです。
■非雇用化に徐々に移行している社会
こうした雇用することのリスクやコストが膨張を続ける一方で、社会は確実に非雇用化への道を歩み始めています。政府が「副業を認めること」をデフォルトの認識としたのも、その一環ですし、紆余曲折を経て定義された「高度プロフェッショナル制度」も、実質的にIC(Independent Contractor:「独立業務請負人」≒「フリーランス」)として独立した立場の一歩手前の社内版といった立ち位置と見ることができます。
「同一労働同一賃金」の推進も、正社員でなくても賃金上不利益を蒙ることがないようにするものですから、結果的に組織の人員の非正社員化を推し進めることになるでしょう。このように、非正社員化や非雇用化の選択肢は徐々に社会全体で普及しているのです。
しかし、その形が何であれ、人員を雇用の形で抱えるとコストもリスクも以前以上に大きく膨らんでいることに間違いはありません。当然ですが、パワハラやモラハラやセクハラのリスク回避にも、情報セキュリティ対策にも、やたらにコストがかかります。また、残業時間の上限設定による「副業も含めた労働時間の通算」の管理も新たな管理コストを生み出すことでしょう。
経済学的に見ると、高いコストがかかるものは高い価値がなくては売れません。需要と供給のバランスからみて、人間の値段が上がったのなら、組織で抱えられた人間には高いパフォーマンスをしてもらわねば割に合いませんし、高いコストの人間を常時抱える資力がない組織なら、高い人間を特定時間帯や特定期間や特定目的においてだけ使うようにしたりすることでしょう。非正社員化や非雇用化が進むのは必然でもあるのです。
都道府県ごとに決められた最低賃金も上昇傾向にありますから、安い人間は居なくなっていきます。それは、高い価値が人間全員に求められる残酷な社会でもあります。そして、安い人間が法的に存在しなくなってしまえば、そのような人間が携わっていた業務は、急激に、または徐々に、ICT技術やメカトロ技術によって人間以外の処理によるものに変化して行くことでしょう。
■「既存人員の非雇用化」という選択肢
自社組織の既存人員を仮に雇用関係ではなく、ICに置き換えることができれば、概ね以下のメリットが原理上発生します。
- 各種労働法によって決められた労働者の管理監督責任から解放される。
- 複雑な給与計算や各種労務管理手続きから解放される。
- 一般的に人によって起こされやすい各種のリスクが或る程度抑制できる。
- 解雇の必要性がなくなる。
- 消費税の納付額を激減させられる。(インボイス制導入後は工夫が必要になります。)
これらのメリットがどの程度発生するかはケース・バイ・ケースですが、働き方改革以降の中小零細企業の経営改善を考える上で、価値あるオプションであることは間違いありません。
■「既存人員の非雇用化」への制限
「既存人員の非雇用化」は、表面的には、既存人員の一人ひとりを退職させてからICとして業務委託契約や業務請負契約などの契約関係に移行すれば可能です。しかし、法的に見ると、仮に契約上何も問題がなく、本人も納得ずくで契約を行なったとしても、「雇用関係」であるとされてしまうことがあります。
雇用されている労働者か否かは以下の9条件をどの程度満たしているかによって、総合的に判断されることになっています。
1)業務遂行上の指揮命令を受けているか。
2)報酬が(仕事の結果に対してではなく)労務に従事したことに対してか。
3)業務(/仕事)の依頼に対して諾否自由がないか。
4)業務に時間的・場所的な拘束があるか。
5)労務提供の代替可能性は小さいか。
6)業務用機材などの負担を企業がしているか。
7)特定企業と専属的に労働しているか。
8)就業規則などの服務規則が適用されているか。
9)企業によって公的負担はなされているか。
これらどれもが絶対条件ではなく、この9条件の質問に対して「はい」が多いほど、法的な総合判断は、「雇用関係が存在する」ことに傾いていきます。
ですから、自店で働いているアルバイト・スタッフにシフトも決めて、業務中に各種の指示をしている状態で、全員を業務委託契約に切り替えても、法的には「雇用関係がある」とされてしまうということです。
ただ、この法的な解釈はいつ適用されるかといえば、関係機関による裁定が下った際です。つまり、本人が納得してIC化し、会社側が求める働き方に本人が満足している限り、実質的に「非雇用化」は実現することになります。
■中小零細企業の既存人員の非雇用化の条件
弊社でお手伝いする中小零細企業の既存社員の非雇用化の企画立案と実施支援のサービスは以下の条件を満たす形の実現に向けて行なうものです。
- 「非雇用化」以前の段階で既存人員の就労に関する満足度を一定以上確保する。
既存人員が不満を大きく抱くような労働環境や作業内容が強いられていた場合、そもそも、既存人員に何かの提案をして合意を取ることがきわめて困難になります。既存人員の満足度が低い案件の場合には、まず、満足度の向上を確実に実践することになります。
- 「非雇用化」の対象の既存人員の高付加価値化を極力行なう。
既存人員にどうしても既存の専門業務以上の高付加価値化が望めないようなケースでは、その組織部分を分社化して切り離すことや、それらの人員を提携人材会社に移籍させ業務委託契約などによって働いてもらうようなPEO型の方法論も大手企業では時々見られますが、別法人を必要とする手法ですので、それなりに大掛かりになります。
むしろ、既存人員がIC化するに十分な教育・啓蒙を施して、それらの人員がAIなどに仕事を奪われないだけではなく、他社も含めた社会全般にその能力を還元できるようにするという姿勢でIC化を進める方が、社会的にも理想的であると考えられます。
- 「非雇用化」のスキームを持つ。
仮に法的に「雇用関係がある」と判断されるような形態でも、満足度の高い状態で人員皆がICとして働いているのであれば、「非雇用化」は実現します。しかし、世の中には、わざわざそれを問題化することを飯のタネにしている人々も存在し、訴訟などのリスクを常に孕んでいると考えなくてはなりません。
ですので、単純な「個々人との業務委託契約への移行」にとどまらず、組織制度整備や業務内容整備を行ないつつ、先述の9つの条件により当てはまらないような状態をスキームとしてきちんと創り上げることが重要です。
- 契約内容・規定内容をきちんと整備する。
上項の「非雇用化」のスキームに従った、矛盾なく合理的な業務委託契約の書面や就業規則に代わる各自の裁量による労働のパターンやプラットフォームを設けるなど、弁護士さんや社労士さんの手を借りた制度構築を怠らないことも重要です。(この分野に詳しい提携弁護士を弊社で紹介することもできます。)
- 「非雇用化」への移行スキームも万全に用意する。
既存人員の「非雇用化」は、必ずしも、或る日を境に行なうようなものではありません。たとえば、新規採用の人員は数年の有期雇用として、十分に知見やスキルを身に付けてもらった上で、ICに移行してもらうような流れを用意して、既存人員には当面手を付けないという方法論もあります。
自分達の後輩がICとして魅力ある働き方をしていれば、既存人員もIC化を自ずと望むようになるでしょうし、「雇用人員」は経年で減少して行くでしょうから、経営全体で観た時に、「非雇用化」の数々のメリットはゆっくりとした移行によっても、相応に享受できることになります。
他にも、業務の内容によっては、通勤回避を目的としてテレワーク化を進展させておき、その対象者に随時「非雇用化」のメリットを啓蒙して行くような方法論もあります。同様に能力の高い女性社員の出産に対して、「育休後のかなり各種制限を伴いやすい職場復帰」ではなく、「一旦退職後、ICとしての業務委託契約で自由な在宅ベースの労働機会を即時に提供」することなどを選択肢として設けるなども、このような移行スキームに含まれます。(注)
注)このような移行スキームを実践すると、組織は、特定の事業所に多くの正社員と一部の非正規社員と言った構造から、働く場所も働く時間も人員の立場も評価基準も多種多様な、しかし、働き手全員にとって比較的満足度の高いものへと変化し始めます。形態だけを見ると、以前から言われている「ネットワーク化組織」ですが、最近では「ホラクラシー」と呼ばれることもあるようで、その特徴は「柔軟な組織体制」・「長所を活かした役割分担」・「効率的な組織運営」・「主体性の強化」と言われています。また、ミンツバーグが組織形態の一つとして挙げている「アドホクラシー」も現場人員の専門性が高まって自律的に機能している状態として捉えると、或る程度当てはまっているようにも感じられます。