或る日の店長との会話
「市川さん。リーダーシップってどうやったら身につくんですかね」
「質問を質問で返すのは失礼なんでしょうが、店長はリーダーシップがある人と店内で思われてますよね。そのリーダーシップはどうやって身についたと思っていますか」
「そう言われると、全然わからないですね。逃げられない立場になったから逃げないようになったし、部下ができてその責任を取らなきゃいけなくなったから、部下を冷静に評価する一方で、フォローするようなことも必要になる。だから、それをただやるだけ…。そんな感じなんですけどねぇ」
「はい。私も店長の実感通りでいいと思いますよ」
「いや。それでは困るんですよ。ちょっと困った話があるので」
「はあ。どんな話ですか」
「ウチの副主任のGを知ってますよね。どうもスタッフからの人望がないんですよ。ウチは女性スタッフが多いじゃないですか。Gが何か指示しても『ハイハイ、G君分かってま~す』みたいに年上の女性スタッフが皆で答えるような感じで、どうもダメなんです」
「けど、スタッフの人達はやるべきことはやるんですよね。じゃあ、まあ、結果オーライじゃないんですか」
「いや、けれどもウチの店では他に候補もいないので、Gは一応主任にしなきゃいけないんで、そんなんでは困るんですよ」
「じゃあ、それを何とかする研修でもやりますか」
実際に店舗の現場で発生しているシーン
店長からの正式な研修依頼を得て、私はまず早番のG君を丸一日観察することにしました。G君はオペレーション面では特に苦手な作業もなく、むしろそつなくできるタイプではあります。しかし、口数が少なく、何か失敗したり、分からなかったりすることに直面すると、少々おどおどした態度が目立つ感じでした。
女性スタッフのほとんどはG君より年上で、店舗での在職年数も長い人ばかりでした。彼女たちから見たG君は、上司としての関係性を形式上維持する相手でしかなく、G君の指示を待たなくても、勝手に日々のルーチン作業は何となく進められていました。
問題は、週ごとに何かの販促策を特別にすることにしたり、新台入替や何かの通常業務ではないことが起きたりして、オペレーションが変則的になると発生します。ミーティング時にG君がいつもと違うことを指示すると、「それだと、作業が終わらないと思います」などと誰かが言い出し、他のスタッフが「そうだよねぇ」と同調するような場面が発生します。
その傾向は徐々に強まっているようで、連休などのタイミングのシフト調整の際にも、G君が彼女たちに出勤をお願いする場面で問題が出始めていました。G君も「出勤をお願いして、『え~。今からじゃ無理です』とか言われると本当に困ります」と状況にかなり自覚的でした。
個別カスタマイズ研修の企画と実践
まず、具体的な研修に入る前に、私はG君とこの問題についてどう解消していくつもりかを説明しました。
「G君。あのさ。人間って打算的なもんだからさ。自分にとって役に立つ人間とは付き合いたいと思えるし、この人の言うことを聞いていたら間違いなさそうって思ったら、自然と言うことを聞くようになるんだよね。それがその手の本を読むと、女性の場合は男性よりも無意識的にそういう判断をするって言われているんだよね。G君の場合、分かるべきことは一応分かっている主任候補だから、もっと“分かっている人感”を出そう。それと、女性スタッフの人達は放っておいても最低限やることはやるから、それを認めつつ、自分が彼女たちの業務をサポートする立場で徹底的に彼女たちの役に立つことを心がけよう」。
第一弾は特に中年以降の女性に既定路線でモテてているテレビドラマの主人公を挙げてもらい、その言動の特徴を、「ゆっくりと話す」「断言する」「断言以外は質問する」などとまとめてもらって、自分でもできるようにロープレを繰り返しました。
第二弾は女性社員の指導法を書いたビジネス書を読んでもらい、細かな気配りのケース・スタディを学んでもらった後で、女性スタッフの名前を書いたチェック表を作り、1週間に1度、彼女たち各自が苦手としているところや作業がうまく進められない部分について、「○○さん。■■うまくなってますよ。何かあったら僕が手伝いますから、すぐ言ってください」と声掛けをしてもらうことにしました。
カスタマイズ研修後の様子
私が翌月訪問すると、店長が興奮して駆け寄って来て「市川さん。Gのヤツに何をしたんですか。別人みたいですよ」と迫ってきました。「良い方向の別人」になったことを私は知って安心しました。店長は「最初はどうなることかと思いましたが、女性スタッフたちは、『男の人っていきなり成長するよねぇ』と噂で持ちきりですよ」と興奮も冷めないままに語っていました。