中小零細企業で社員満足が意識される場面

BtoCの小売業やサービス業で店舗を構えている業態のクライアント企業に伺うと、「CSを実現するなら、まずは、ESから手を付けなくてはならない。店舗のスタッフが汚い休憩室や不衛生なトイレを使わされていて、お客様に気持ちよく対応できる訳がない」などのお話を耳にします。

また、特に新卒社員などを不用意に採用し始めてしまった会社などにもよく見受けられることですが、採用してから日が経っていない社員が、複数、それも連続して退職したりすると、自社に何かの問題があるとして、「ESを充実させねば、採用してもコストが無駄になる」などの意見がよく聞かれるようになるパターンもあります。

そのようにして、辿り着いたES向上対策の大抵は、特段の合理的な現象解釈や仮説もないままに、休憩室のリフォームやトイレの水洗化・ウォシュレット設置などのハード面の改善、または給与額や休暇日数の見直しなどの待遇面の改定などに、行き着きます。

本当にこれで社員満足が向上し、社員はやる気を出して作業に向かい、自社を愛し誇るようになって、退職など夢にも思わぬようになるのでしょうか。残念ながら、弊社が接触しているクライアント企業の多くにおいて、そのような現象は発生せず、上述のような施策は概ね単なるコストアップに終わります。

顧客満足の原理に見る社員満足のあり方

社員満足のあり方を考える上で、顧客満足の発生メカニズムは参考になります。弊社サイトの「中小零細企業の差別化と顧客ニーズ」のページで、以下のように述べました。

『顧客は自分のニーズを語ることができません。きちんと把握していないからです。また、仮に語ることができたとして、それを充足することが、顧客の満足を生むのかも、甚だ怪しいものです。顧客満足は良い驚きを与えることと言います。つまり、顧客の予想や期待を良い意味で裏切らねば、顧客は満足しないと言うことです。

一方で、顧客を定着させ、囲い込むことが経営効率の改善には非常に効きます。と言うことは、顧客を満足させ続けるために、常に良い驚きを供給し続けなくてはならないことになります。 これでは、一般に重たい投資を伴いがちなコア・コンピタンスでは、中長期的に顧客に満足を提供し続けるなど、到底不可能に近いことでしょう。コア・コンピタンスはそのままに、ペリファラル・コンピタンスできめ細かな顧客ニーズ対応をすべきであることが分かります』 (以上引用)

同様に考えると、社員は自分が何を企業組織に求めているかを明確には認識していず、自分が求めていたであろう何かを常に新たに提供される環境になれば満足すると言うことになります。また、顧客満足の場合と同様に、中長期的に社員満足を維持しようとすれば、休憩室の整備や昇給、新休暇制度の追加などが、継続的に続けられるものではなく、社員満足実現の方策としては不適切であろうと想像できます。

前述の顧客満足のあり方は、「良い驚きを与え続ける」と言うことでした。それは、顧客に未だ知り得なかった新たな価値を提供し続けるということと読み替えられることと思います。とすると、社員満足を実現する上で社員の場合の未だ知り得なかった価値とは何であるのかが問題になります。

書籍『下流志向』にみる“モノサシ”

内田樹氏の著作『下流志向』には、大学で、履修もしないうちから「現代思想を学ぶことの意味は何ですか?」と問う学生の例が紹介されています。著者はそれを「愛用の三十センチの『ものさし』で世の中すべてのものを図ろうとしている」ことに例え、「捨て値で未来を売り払う子どもたち」と評しています。

私も北海道の私立大学で非常勤講師として企業での就労観を講義していた際に、受講アンケートに「公務員志望なので、企業組織を舞台にした働き方の講義を受講するなど、全くムダだった」と書く学生がいて、驚いたことがあります。これは、大学生が、何かの役に立つことや、何かの儲けにつながっていることなどの、明確な基準でしか物事を評価・判別できないことを示していると解釈できます。また、アルバイトの求人広告を出すと、応募者の物理的範囲が狭く、関東圏では私鉄で二駅も離れると、応募は殆どないと聞きます。これなども同じ原理で、単に金を稼ぐと言う観点でだけアルバイトの求人を比較することで、「挑戦してみたい仕事」や「関心のあるスキルが身に着く仕事」や「業界知識を獲得したい仕事」などの職場や就労それ自体から身につくことを全く計算に入れていない結果になっているものと解釈できます。

弊社が中小零細企業のクライアントの社員に対して何らかの勉強会を行ない、弊社発行のメルマガ『経営コラム SOLID AS FAITH』の第10話『雑用に勤しむ社員』を紹介して、雑用の意義を若手社員に教えることがあります。多くの場合、「目からウロコ」などの声が聞かれ、「普段の仕事を全く異なる感覚でみることができるようになった」などの感想が寄せられます。

職場や組織、そして就労そのものについての、社員の未だ知り得なかった価値が、ここに潜んでいるように弊社では考えています。

※参考ページ:
『経営コラム SOLID AS FAITH』第200話 『伸びる棒』(『下流志向』をテーマにした内容)
『経営コラム SOLID AS FAITH』第10話 『雑用に勤しむ社員』

また、一部の処世術や仕事術をコンサルタントが説く書籍に、「好きになれない仕事は続けるな」や「嫌いな人間とは仕事をしないようにしろ」などの教訓があります。既に広く世の中の価値観を理解している人物が対象であれば、その通りかもしれませんが、弊社では上述の考え方に従っていますので、短期的な好き嫌いで、自分の可能性を広げ能力を伸ばす機会からの逃避につながりかねない危険な言説と解釈しています。

ハーズバーグの二要因説

社員満足や動機付けを考える時、弊社ではよくハーズバーグの二要因説に言及します。ハーズバーグの二要因説は、古典的なマズローやアルダファの欲求段階説の構造に、企業組織とその構成員の関係性に着目して、一歩踏み込んだ内容になっています。ハーズバーグの二要因説がユニークであるのは、過去の欲求段階説の各種の欲求を、その性質(というよりも機能といったほうが良いかもしれません)によって二種類に分類した点です。

ハーズバーグは欲求を動機付けの手段と捉え、欲求の対象を動機付けの「要因」と捉えました。そして、それには二つの種類があると唱えたのです。それらは「動機付け要因」と「衛生要因」です。「動機付け要因」は、この要因があると人はドンドン動機付けされるものです。言い替えると、なければないで、取りたてて不満ではありませんが、あれば、非常に大きな喜びにつながると言う要因です。ところが、「衛生要因」は、全く逆で、動機付けが一定以上損なわれるのを防ぐ効果があるだけで、積極的に上げる効果は望めないと言うのです。この説の中味については、この二要因が完全に別のものであると、しばしば誤解されています。実は、そうではなく、この二要因はあくまで「傾向」のようなものです。

例を挙げて考えてみます。例えば、「報酬の多寡」は、社員にとって、どのような動機付けとして働くかと言えば、「動機付け要因と言うよりは、結構、衛生要因っぽい」のような判断をすると言うことになります。これを説明すると、報酬を上げても社員は一時、チョットは喜びますが、その喜びは長続きしません(隣の芝は常に緑だからです)。しかし、報酬は上がっていることは事実なので、不満が出にくくなっているのは事実だと言うことです。これが衛生要因の考え方です。

ハーズバーグは、動機付け要因(っぽいもの)として、
(1)達成(自らが仕事を成し遂げること)
(2)承認(自身が認められ、評価を上げること)
(3)仕事そのもの(仕事をすること、継続できること自体に満足を感じること)
(4)責任(責任を持たされること)
(5)昇進(社会的に威信の大きい地位に就けること)
(6)成長(技能(仕事の処理能力なども含む)において向上すること)
を上げています。

逆に、衛生要因(っぽいもの)としては、
(1)賃金
(2)付加給付(広い意味での福利厚生など)
(3)作業条件
(4)経営方針
(5)職場の人間関係
などが上げられています。

例えば、社員からの不満の項目として、「賃金が低い、もっと貰えてもよいはずだ」と言われたら、経営者側は「自分がそれだけ働いているか考えてみろ」と感じ、「方針がはっきりしていないから、振りまわされてイライラする」と社員が言えば、「方針以前に、やるべき事をきちんとやってからものを言え」と感じる筈です。しかし、衛生要因と言うものは、なければ不満を感じやすくなるだけのものですので、不満を減ずる程度に対応すれば十分と言うことになります。なぜなら、一定以上、賃金を上げ、休みを増やし、方針を明確にして、職場をきれいに整えても、(「衛生要因」の向上によって動機付けは伸びないので、)社員がバリバリ働き始める訳ではないからです。

これは、顧客満足の説明の部分で述べた、「顧客は自分のニーズを明確に理解していない」と酷似している状態です。顧客は「安い価格を喜ぶ」とは言うものの、本当に安値だけで満足するのかと言えばそうではありません。同様に、社員も賃金が多く、休暇が多く、作業条件が良くて、物理的に綺麗で自分の家から近い職場だけを単純に歓迎するのではないことが容易に想像できます。

現実の中小零細組織に当て嵌めてみるハーズバーグの二要因説

ハーズバーグの「動機付け要因」と「衛生要因」を見比べてみると、前者は社員個々を意識しなくては実現できないものであるのに対して、後者は社員の集団全体に一律に覆い被せるように適用するものであることに気付きます。つまり、一律に誰しもが常識的に満足するであろう方策は、誰しもがまあまあ嬉しいように作ってあるが故に、誰にとっても凄く嬉しいものではなくなっていると考えることができます。

これは、マーケティングのセグメンテーションの考え方にも通じますし、自殺防止のポスターに、「命は大切だと一万回言われるよりも、君は大切だと言って欲しい」のように書かれているのと原理的に同じであろうと考えられます。接客で言うならば、サービス型接客がマニュアルに定義された対応を徹底して来店客総てに接するのに対して、ホスピタリティ型接客が来店客個々の要望に対応しようとすることの対照にも非常に似ていることに気付きます。ここでもまた、顧客満足と社員満足の構造が事実上同様であることに考え至るのです。

この「一律に実施できてしまう衛生要因の限界」の認識は、中小零細企業にとっては朗報です。大手企業における社員動機付け方策の殆どは、その組織構成員の多さ故に、どうしても衛生要因頼みになりがちです。その点、多くても数十人単位の中小零細企業組織であれば、個々の社員に適切な動機付け要因をふんだんに提供できる筈です。

このページの冒頭で述べたような、社員満足の方策も、一見して「衛生要因」の提供を狙っていることが分かります。これらはサービス型接客の来店客への効果と同じで、無難ではありますが、驚きに乏しく、その驚きも早晩褪色してしまうことでしょう。社員を自社の、自社組織のファンにするのであるならば、「動機付け要因」を提供しなくてはなりません。

「中小零細企業は金がないから、せめて他の部分で動機付けを」と言います。しかし、中小だろうと大手だろうと、金があろうとなかろうと、衛生要因である金よりも、もっと強力な動機付け要因を模索すべきでしょう。良い成果を上げた社員には、更なるチャレンジや、その成果を他者に教える名誉ある立場を与える。こちらの方が人間性を尊重した会社運営と言える筈です。金がないから誉めるのでは決してありません。また、額に入れて唱和するだけの経営理念などではなく、社長が自ら朝礼で社員と日常の業務などについて一問一答を行なうようにすれば、衛生要因の「経営方針」ではなく、動機付け要因の「承認」や「責任」、「成長」をセットで与える形にすることができます。

弊社の幹部・社員向け企画も、上述のような考え方を各クライアント企業の風土や構成員に合わせて 実現したものです。新入社員などには「承認」・「仕事そのもの」・「達成」などを常時意識するように働きかけることができます。弊社で新卒社員採用後のクライアント企業に交換日記の実施を薦めることがありますが、それは、これらの意識を強調するためのメカニズムです。また、弊社サイトに別途説明してあるスキル・マップによる育成も「達成」や「承認」、そして究極「成長」の確認のためのツールであると言えます。また、中堅社員から幹部には「仕事そのもの」や「達成」、そして、経験や知見の獲得による「成長」などを強く意識できるようなメカニズムを企画することが多くあります。

残念ながら、優秀な人材を簡単に雇い定着させることが困難な中小零細企業は多数存在します。場合によっては、所謂典型的デジタル・デバイドそのままの、PCを立ち上げることさえ満足にできない社員が職場の多数派である企業組織も珍しいものではありません。そのように、常識的な経営課題以前の経営課題が山積している中小零細企業の組織は、見ようによっては、社員の多くにアルダファのERG説でも最も上位に位置するニーズの対象である「成長」をいやと言うほど提供し続ける環境が整っていると表現することができます。

弊社の社員勉強会のサービスも、このように組織に恒常的な「成長」の体感の場を設けることを意図したものであり、社員満足実現の効果的なツールであることがご理解戴けるものと思います。

※参考ページ: 弊社サイトのスキル・マップ活用方法の解説