中小零細企業だからこそできる、新卒の早期 “黒字化” 対策

「中小零細企業の生き残りは差別化にかかっている」と、多くの方々が言う割には、折角雇った新卒社員の育成は、どこかの研修会社のまる投げで実施したり、さらに、過去に行なったそのような研修のテキストとタイムテーブルだけを踏襲した、具体的にどこが何に効くのかよく分からない研修を入社時研修と称して、貴重な時間を費やして実施しているケースが、非常によく見受けられます。

中小零細企業は、採用人数も一般に少なく、組織は小さく、職場も相互に密接に関連しています。その組織が機動的な動きをするためには、新卒社員が早期に各職場の人間関係を把握することさえ、重要な研修項目と考えられます。

また、そのような密接な関係性がある職場間でも、繁忙期と閑散期はまだら状態で、残業も特定部署に集中して発生することがよくあります。この残業の平滑化も結果的には育成によって、達成され易いのは自明です。

効率的な新卒社員育成には、スキル・マップ活用

スキル・マップは、IT系の企業などを中心に、知名度の高い言葉ですが、一般の中小零細企業などの人材育成の現場での認知度はイマイチです。スキル・マップは、その名の通り、縦軸に年齢(または勤続年数など)や役職、横軸に職種や作業分類などを配置し、そのマトリックスの中に、必要とされるスキルを項目として羅列したものです。業界におけるその浸透度合いなどはさておき、IT業界においては、ITSS(ITスキル・スタンダード)が有名でしょう。

スキル・マップの使い方は、一般には二つあるようです。

一つは、スキル・マップを社員個人個人のスキル管理に用いる方法です。この場合は、ある種のスタンプラリーのように、社員が各々のスキル・マップの項目を期間内に埋められるように、競って育成を受けるようになり、育成する側は、計画的に漏れやムラなく、必要なスキルを社員に教えることができるようになります。

もう一つの用途は、スキル・マップの項目が達成されている社員の数を、具体的な項目の入っていない白地図のようなスキル・マップに書き込み、どのスキルレベルにどの程度の社員が分布しているかが明瞭に分かる図とすることです。実際の数字が入っている分布図と、今後社内で必要なスキル構成の分布図を用意して、両方を比較すると、分布の異なるところへの対処策が必要であると言うことが明確に分かります。その「理想の分布図」を「現実の分布図」から実現してゆく具体的な方策が、育成や採用・人材放出などとなります。

取り急ぎ、弊社で中小零細企業の新卒早期育成にお勧めしているのは、上述のうち前者の使い方です。スキル・マップを中小零細企業が自社用に作成して、その活用を徹底することにより効率的な新卒社員育成が一般的に可能であろうと弊社では考えています。その概要は以下のようになります。

● スキル・マップを、新卒社員を受入れて育成する職場の社員によって作成するコンセンサスを得る。
● スキル・マップは、縦軸に入社後のヶ月数などを入れ、横軸には大まかな作業の分類を配置する。
● スキル項目を具体的に、現実に即した形で、設定する。
● 各スキル項目の具体的な育成方法や結果の評価方法を設定する。
● 複数の職場や作業を経験させるジェネラリスト化の推進のために、ローテーションを計画する。
● 新卒入社後、スキル・マップに基づく育成を実施し、その進行状態をモニターする。
● 各年度の結果をもとに、スキル・マップとそのスキル項目の微調整を行なう。

スキル・マップを自社で作成活用することのメリット

冒頭でも述べた通り、差別化が生き残りの要諦であることの多い中小零細企業では、その人材育成の方法でさえ、他社と同じで良い訳がありません。しかし、ただなんとなく分かるそのような必然性ではなく、具体的メリットが多数、スキル・マップ活用には存在します。

● 社員を育成する風土が醸成され、さらに定着します。
就職氷河期と呼ばれた時代から、中小零細企業での新卒採用は珍しくなくなっては来たものの、過去の経緯から、やはり、幹部クラスなどは中途採用者で多くが占められているケースは珍しくありません。中途採用に慣れていると、いきなり社会人となると同時に、右も左も分からない職場で働くこととなる新卒社員に対して、手取り足取り教えると言う組織風土がなかなか芽生えません。スキル・マップの準備をそのような教え手の社員側に担当して頂くと、自ずと育成の効果やそれによってもたらされる利益などについての考え方が、浸透します。
また、新卒採用二年目からは、前年までの新卒入社者にとって、きちんと体系立てて育成するのが当り前と言う事態になっていますので、余程、やる気を削がない限り、育成の風土は定着・強化されていきます。

● 当然ですが、社員間のスキルのばらつきが減少します。
もともとのスキル・マップの用途ですので、当然なのですが、実施した企業では必ずと言って良いほど、「予想以上の効果」との評価がスキルマップ実施初年度に出ます。新卒社員間のスキルにバラつきが少なくなるということは、作業余力やシフトなどを必要以上に考えることなく、誰でもをどこの作業にでも配置できることを指します。前述の残業発生の平滑化や、エラー・クレームの減少。また、教える側と教わる側の意思疎通の円滑化。さらにローテーションによる、作業の前工程・後工程の配慮などが自然に発生したりもします。

● 一般的には、新卒社員の定着率も向上します。
スキル・マップの提示は、その社内におけるキャリアパスのようなものの提示とも認識されます。特に(一般論ながら)近年の若手社員は以前にも増して、自身のスキル向上が表面的には第一義的な在職動機であったりしますので、なおさら、スキル項目の一覧は安心感を与えることでしょう。無論、それ以外の方法によっても動機付けをさらに強化すべきと弊社は考えておりますが、スキル・マップ活用にも、その種の効果があるのは事実です。

● 自社のオペレーションの問題点などが発覚し、改善に結びつくことがあります。
スキル・マップ作成の過程やスキル・マップによる育成の段階で、教えにくいことの表面化や、エラー・不良品などを出しやすい作業の発見がおきることがあります。無論、それを出さないためにスキル・マップも改善してゆくのですが、もともとのスキル項目の作業自体を改め、分かり易く間違いにくい作業に改善することも可能となります。誰かが得意なので、「彼に任せておけばエラーは起きなかったから…」というのは、多くの場合、危険な属人的スキルへの依存です。その発見と解消をスキル・マップ活用は大きく推進します。

スキル・マップ活用の留意点

上述のように書いてくると、スキル・マップ活用は人材育成の万能薬のようですが、その活用による育成には一長一短があり、作成上や運用上で、幾つか留意しなくてはならないこともあります。ここではその一部を紹介致します。

● スキル項目の策定は慎重に行なう。
社員の方々でスキル・マップを作成するプロセスで一番困難なのがスキル項目の設定です。コンサルティング業界などで言われる所謂MECEはもとより、「現実に即した項目設定になっているか」、「ほぼ妥当な評価方法があるか」など、幾つかの条件を同時に満たす必要があります。
※弊社では、多数の企業での実績から、実施企業の実態に即したスキル・マップの作成を支援・指導致します。

● スキル・マップを人事考課に用いない。
スキル・マップは、その職場や作業分類の中で、一定期間以内に身につけるべき最低限のスキルを定義するものです。これはスキルの標準化といえますが、育成における標準化とは、できない者を合わせるものであっても、できる者をさげてあわせるものではありません。スキル項目には現れていない事柄に優れていて、事実上、その能力によって、評価される人材は、十分にあり得ます。「人事考課の材料が多々あるような場合に、その一つにスキル・マップの育成結果があっても構わない」程度かと思われます。

● スキル・マップを必要以上に延伸しない。
通常、スキル・マップは新卒社員やアルバイト社員などのスキル定義から始まります。スキル・マップ活用によって育成された社員が数年経つと、(零細企業の組織などでは)幹部クラスにまで昇り、習慣的に、自分や自分に次ぐ立場にまでスキル・マップを用意しようとすることがあります。スキルレベルの高いところまで、スキル・マップを「延伸」することは、かなり困難を伴います。
一般的にスキル・マップで設定できる項目は、カッツのスキル・モデルで言う所のテクニカル・スキルが主で、ヒューマン・スキルやコンセプチュアル・スキルは、上位になればなるほど、育成方法や評価方法で無理を孕みます。そのようなレベルでは別の育成方法や評価方法を採用すべきと考えられます。

● スキル・マップ活用の初期段階で、若手中間層へのケアを怠らない。
スキル・マップをある年から採用すると、その年の新卒社員の育成に組織全体で集中してしまい、その前年度、前々年度に採用された若手中間層のような立場の社員について気が回らなくなることが散見されます。この若手中間層の社員は、体系的に教えられていないが故に、スキル項目を習得していないことが多く、その年の新卒社員が一定の期間の育成を終えた後から、「落穂拾い」的にスキル項目を学習することが立場的にも憚られることから、ずっと、スキル・マップを満たさない状態で在籍し続けやすくなります。
一方で、スキル・マップの運用は、年々改善され、年を追うごとに、育成のスピードや質は徐々に上がり、早晩、新卒社員が当初の若手中間層よりも組織内において重視される段階に到達します。この結果、若手中間層の動機付けが大きく損なわれることがあります。
この予防のために、新卒社員の育成に前後して、または並行で、若手中間層の育成に取り組む必要があります。