■社会トレンドによる新規事業開始の罠

「いい話を聞いたんだ」、「テレビで昨日やっていたが、これからのビジネスが分かった」、「法人会の飲み仲間の社長がやっている商売が儲かるらしいんだ」などの発言から、中小零細企業のオーナー経営者が自分の考える新規事業の構想を語ることがあります。色々なビジネス・モデルを思考実験することは経営力をつけますし、夢を持つことは悪いことではありません。しかし、全世界でもトップクラスの飽和市場が全業種津々浦々に広がる日本において、競合もいず、利幅も大きいようなブルー・オーシャン市場がゴロゴロと転がっていることは考えにくいですし、それが簡単な思い付きで見つかるともあまり思えません。仮にそのようなものがあったとしても、誰しもが簡単に思いつくわけですから、早晩、激烈なレッド・オーシャン化する可能性が大きいものと思われます。

勿論、既存事業の業界が何らかの経営環境の激変などで急激な縮小を遂げてしまい、真剣に、それも、迅速に新規のビジネスを立ち上げねばならない経営者も存在します。また、家業として後継経営者が継いだ事業が将来性に乏しいものとなっていて、早急な業態転換が必須になっているようなケースもあります。

しかし、多くの中小零細企業のオーナー経営者が口にする「新規事業の夢」は、多くの場合、当たり前の経営努力も投じられることもなく、ただ苦しくなっていくだけの既存事業からの、苦し紛れの逃避願望の裏返しであることが残念ながら散見されます。端的に言ってしまえば、多くの場合、長年やってきて知見も経験も溢れるビジネスで上手く行かないのに、全く見ず知らずのビジネスで上手く行くようになる方がおかしいのです。

そのような願望を次々と実現しようと努力し続けることが“趣味”になっているオーナー経営者もいますが、当然ながら、市場構造への理解や事業化への準備や資金など色々なものが不足して、非常に高い確率で失敗します。(その確率の高さはほんの少々、有名スポーツ選手や芸能人の引退後のビジネス経営のケースより低い程度のことでしょう。)そのようなチャレンジ精神と失敗を許容する人生観は悪くありませんが、挑むなら必ず勝つぐらいの算段が必須であろうと弊社は考えます。そうでなくては、ただでさえ、経営資源の乏しい中小零細企業は、失敗を繰り返す中で簡単に疲弊してしまいます。

■失敗のリスクを抑制した新規事業の立ち上げ

事業を分解すると、「商品・サービス」と「顧客」の二軸に対して「既存」と「新規」の二分類があることが分かります。4つのパターンで見ると…

  • 既存 「商品・サービス」×既存 「顧客」: 従来の既存事業。最も低リスク
  • 新規 「商品・サービス」×既存 「顧客」: 新規事業の中では、最も低リスク
  • 既存 「商品・サービス」×新規 「顧客」: 新規事業の中では、中位のリスク
  • 新規 「商品・サービス」×新規 「顧客」: 最も高リスクな新規事業の選択肢

のような分類となります。

どんなビジネスも購入するお客が存在する限り成立します。その意味で、リスクを抑制する最大の方法は、お客のニーズの存在を常に検証することです。たとえば、「恋人に喜んでほしい」という男性が持っているニーズを満たす手段には、色々な贈答品の購入の可能性もあれば、遊園地や劇場などのサービスの購入の可能性もあれば、旅行などトータルな消費の可能性もあります。このニーズに対して、これらの商品やサービス全般はすべて競合状態であると考えられます。

弊社代表の市川は創業以前にクマ牧場の経営分析をしたことがありますが、クマ牧場は全国に三ヶ所しかなく物理的に大きく離れています。当然業界団体もなければ業界紙もありません。当たり前ですがクマ牧場同士の競合など存在しませんし、クマ牧場同士を比べてサービスレベルを検証してもほとんど意味を為しません。他のレジャー全般との競合やサービス比較を行なうべきなのは明らかです。

そのように、ニーズ・ベースで新規事業を評価することは非常に重要です。弊社では中小零細企業の新規事業の立ち上げにおいて極力以下の二点を追求することを前提としています。

□小さく始める事業にトレンドは必要ない。どんな商売でも小規模であれば成立する。
□業種や商品種類でビジネスを見ず、ニーズ・ベースで広義の競合を研究する。

現在の事業基盤を揺るがすようなことのない範囲での新規事業への投資と言うことなので、リスクが少なく、後に伸ばす余地が大きい「小さくても確実な事業の芽」を掴み、軌道に乗ったビジネス・モデルを小さく形成することが当面の目標ということです。ですので、新規事業は四つの事業分類の中の三つの新規事業の選択肢の中で、極力低リスクなものから選ぶのが本来は望ましいのです。

■お客様満足度の向上から導く低リスクで利益性の高い新規事業

CS(顧客満足)型のマーケティングの書籍によれば、お客様満足度が高まった際に発生する現象として3Rと言うものが紹介されています。これも説が幾つかあるようですが、ここでは、弊社の便宜上の理解を以下に紹介いたします。

Referral
動詞は、refer (言及する)ですので、その名詞は「言及すること」です。つまり、お客が自社や自社商品に関して言及することを指していますので、口コミと解釈してよいでしょう。

Retention / Repetition
retention の意味は「保有」や「保持」です。repetition は、動詞 repeat の名詞ですから、反復と言ったところでしょうか。つまり、お客が維持されている状態を指していることになります。前者は、幾つかの案件が並行して一社の取引先企業ごとに進行している状態を想像すると、やはり、営業向きの表現ですし、後者は、来店客が反復してくるイメージから店舗販売に向いている表現のように感じられます。いずれにせよ、所謂「顧客の囲い込み」が行なわれている状態と解釈してよいでしょう。

Related Sales
関連商品の販売です。本来の主たる商品やサービス以外にも、それに関連するような商品やサービスを自社の勧めに応じて、お客が購買してくれる状況を指していると考えられます。

ここでよく見ると、「口コミ」は既存顧客と一般的には類似したニーズを持つ新規顧客が、自社の商品群や営業方針を理解した上で、事実上、向こうから現れることを意味しますし、「関連商品販売」は既存顧客のニーズに従った、既存商品とは異なる新規商品・新規サービスの販売が行なわれる場ができ上がっていることを指しています。

これであれば、リスクがほとんどゼロで新規事業のタネを創り出し、その後、育てて行くことができます。弊社代表の市川は冒頭で述べた「現実逃避型新規事業案」を述べる経営者に対して、「代わりに既存のお客を訪ねて回って『今の仕事以外に何をウチの会社にしてもらったら嬉しいか』と尋ねて回れば、おのずと有望な新規事業案が見つかる」と応じることがよくあります。それはこの分類でいうと最も低リスクで確実に始められる新規事業案の作り方と言うことになります。

■未経験分野の新規事業立ち上げ

やや考えにくいことですが、どうしても「新規商品・サービス」と「新規顧客」の組み合わせを追求しなくてはならないこともあり得ます。その場合は、図のような方法論で、どのような新規事業立ち上げの形を追求していくべきかを検討することを弊社ではお奨めしています。

大まかに分けると…

□海外市場開拓
この場合は企画のスタート段階で「既存商品・サービス」から検証し始めますが、多くの場合、ローカルの市場に合わせたマーケティング・プランを考える過程で、プロダクトもローカライズすることになり、国内と基本的に同じ商品・サービスを販売できないケースは多いように考えます。

□他社・外部機関との提携
自社の持つノウハウや強みを活かして、提携先との関係性の中で新たなビジネスを作り上げる形です。産学共同研究やOEM製品開発、販売提携などが考えられます。

□FC契約・代理店契約
既存の他社ビジネスに乗っかる形で未経験のビジネスを開始する方法です。重厚長大産業に属するメーカーが資金の回収が常に滞りがちで経営を圧迫していたので、資金の回転が速い外食産業にFC加盟で参入したというようなケースもありますので、動機や背景的な理由によっては非常に有効な策となるケースもあるでしょう。

□他社事業買収・他社買収
元々の販売先や仕入先、系列会社などを対象としたりする比較的わかりやすいケースもあれば、純粋に企業情報から買収先を選定するようなケースもあります。いずれにせよ、自社の既存のビジネスにとって相応のシナジー的な効果がある買収が望ましいでしょう。単純な連結決算上の売上増大目的や某ダイエット会社のように「負ののれん」を買収時に積み重ねて利益を上げるような会計手法のための買収などは、多くの中小零細企業には、危うい錬金術であるケースが多いように思います。
中小零細企業が中小零細企業を買収する際にはデューデリジェンスに不備が生じやすく、買収リスクが増大しますので、弊社では企業買収ではなく事業買収を薦めるケースが多くなっています。

これら四つの選択肢の評価に関しては弊社でクライアント企業の状況や意向に応じて支援できますが、分野ごとの専門的な知識を要しますので、ケース・バイ・ケースでその専門家をご紹介することとが多くなるものと考えます。