中小零細企業における人材採用の方針

第1部「なぜ企業は人を採用しなくてはならないか」

人材採用について考えるにあたって、まずは、なぜ企業が採用をしなくてはならないかについて考えてみたいと思います。そもそも採用を行なう主体である企業とは何なのでしょうか。企業とは、法的にいうと、人と同じく人格を持つ「法人」としてあつかわれます。つまり、法人も人と同じく税金を払ったり(法人所得税・法人住民税)、法律が適用されて裁判にかけられたり、裁判を起こしたりすることもあります。また、建物や車を買うことなども人間と同じです。ただし、一つだけ人間と違うことがあります。それは、法人は死ぬことがないということです。つまり、経営上、法人が死ぬ(なくなる)ということは、あり得ないことなのです。この考え方をゴーイング・コンサーンと言い、経営学上企業は永遠に存続していくという前提で経営を行なうと考えます。ただし、現実の社会では企業の解散や倒産ということがよく起こりますが、これはゴーイング・コンサーンの考え方から見ると、経営をしていない。ということになります。

では、企業が生き残っていく、とりわけ中小企業が生き残っていくためにはどうしたら良いかというと、2つのポイントに気をつけて経営を続けていくことが大切であると言われています。2つのポイントとは、「差別化」と「人材調達」です。「差別化」とは、自社の製品やサービスと他社のものとの違いを明確にして、お客様や取引先様から選ばれやすくなるように、製品の質をよくしたり、見た目で差をつけたり、サービスに工夫をしたりする活動のことをいいます。この差が明確でないと、製品やサービスは価格競争に巻き込まれ、より安い方が選ばれるようになります。この結果、企業に入る利益も少なくなり、競争が長引くほど持久戦になって企業の体力がなくなってしまいます。そのためにも、企業は他社とは違う工夫を重ねて、差別化を行なうことが生き残りに必要となってきます。このレポートではもう一つの生き残りポイントである「人材調達」がテーマです。

企業が生き残っていくために、なぜ人材調達が必要なのでしょうか。企業というと、人が集まって成り立っているので、人がいて当たり前という感じがしますが、何もしないでいると、その数は年々自然に減り続けます。大雑把に考えてみると、人間は約20歳で組織で働き始め、60歳前後でそこで働くのを終えます。組織の中に、年齢の幅は40年分存在することになります。その組織が毎年均等に20歳の社員を雇い、その誰もが一切辞めないとしましょう。その場合、一歳あたりの社員数は全体の2.5%存在することになります。60歳付近の定年退職の年齢の到達すると同時に社員は辞めて行きます。つまり、毎年、社員は2.5%ずつ新陳代謝を続けることになります。

これは極端なモデルケースですが、新卒社員だけではなく中途社員も採用し、一方では退職者も定年を待たずに発生します。その結果、新陳代謝の量も当然増加します。中小零細企業ではあまり離職率が意識されることがありませんが、当り前のことながら、離職数を採用数が上回らねば組織は縮小します。そして、理屈上、自然減だけに対処するのであっても、年平均全体の2.5%を採用し続けなければならないことになります。中途退職なども含めて考えると、一般的には中小零細企業では最低でも平均して全社員数の一割程度を毎年採用し続けなければ、組織の平均年齢が上昇すると共に、組織規模の縮小が始まるように思えます。それは、一般論でいくと組織の弱小化の道に他なりません。

人材を調達すると言っても、ただ人の数を増やせば良いというわけではなく、その企業の仕事を遂行する能力が著しく欠けている人材や、その企業の方針(それは、オーナー経営者が率いる中小零細企業の場合には、事実上、社長の考え方と言うことです)を理解できない人材を調達した場合は、その人の力を一人分として数えることができません。つまり、企業は人数を調達するのではなく、経営を進めていくために必要な能力を組織内に囲っておくことが必要であり、その器が人材であると言う風に見ることができます。前述の通り、中小零細企業の存続のカギの第一は「差別化」です。これは他社が未だ歩んだことのない道を選び続けることを指します。このためには社長の強い指導力が必要であり、社内の人材には、社長の方針を理解する能力と、その指示通りに業務を遂行する能力が求められます。この能力を保持することが、中小零細企業における「人材」と呼ぶための条件となります。

そこで、人材調達を以下のように定義したいと思います。「人材調達とは、企業の一部となって、経営者の意志を実現して行くことができる人材を、組織内に存在させるようにすること」。企業は存続していくために、自社に必要な人材を採用活動によって調達し、その人材が定着するように環境を整えるとともに、経営者の意思を実現できるような能力を教育によって身につけさせていくことが必要であるといえます。また、人材採用については、人材調達の中でも「企業の一部となって、経営者の意思を実現していくことができる人材を企業内に取り込む活動」と定義し、その後、採用した人物を育成するまでを含めた一連の流れを人材調達としたいと思います。

人材調達の方法は、必ずしも採用だけではありません。法律で言うと、労働法の定める「雇用契約」による採用が正社員採用とパート・アルバイトの採用と言うことになりますが、それ以外にも、派遣社員の活用、業務請負・業務委託などのサービスを活用することなども考えられます。これらの仕組みや可能性に関しては第9部で述べますが、自社の正規の社員にならない人材の調達方法であり、「差別化」前提の中小零細企業の経営には相応しくない面も見受けられる一方で、それらのサービスを提供する業者自体が中小零細企業を一般的には顧客企業と捉えていないこともあり、核となる人材調達の方法とは考えにくいものです。よって、本レポートは主に「人材採用」に焦点を当てることと致します。

第2部「人材調達のプロセス」

人材調達のプロセスは、前述のように「人材採用」とそれに続く「人材育成」、さらにその人材を定着させる「人材定着」のパーツに分けられることになります。「人材育成」と「人材定着」に関しては詳細を前作『人材育成のレポート』に譲り、ここでは、人材調達のプロセスにおける「人材採用」と「人材育成」・「人材定着」との関係を考えてみます。
※前作『人材育成のレポート』を作成した段階では、「人材育成」の手法に主眼を置いていたため、「人材定着」を分離して言及することがなされていません。しかし、その中にある動機付けの手法や現場力の育成の観点には、「人材定着」の考え方が内在しています。

組織が求める能力を持つ「人材」を組織内に常時存在させるようにするためには、勿論、その定着を図るプロセスが最終的に大切になります。しかし、そこに至る段階、つまり、組織が求める能力を持つ「人材」を組織内に発生させるまでのプロセスには二通りがあります。それは、「既に能力を持つ人材を見つけて組織に取り込む」と言う方法論と、「まだ能力を持っていない(そして、多くの場合、)能力を持つことが期待される人間を組織内に取り込み、その後、能力を持つような育成を施して、人材に育て上げる」と言う方法論です。前者では中途採用が思い起こされますし、後者は新卒採用であることでしょう。

しかし、よく考えますと、「人材」であることの条件は、単に何らかのテクニカル・スキルに秀でていることや、コミュニケーション・スキルに優れていることなどではありません。その組織の方針を理解し、そこで求められるタスクを遂行する能力を有していることです。この定義によれば、中途採用であっても、最初から「人材」として取り込むことは容易ではないことが分ります。つまり、「既に能力を持つ人材を見つけて組織に取り込む」と言う方法論は事実上実現困難であり、実際には、「まだ能力を持っていない(そして、多くの場合、)能力を持つことが期待される人間を組織内に取り込み、その後、能力を持つような育成を施して、人材に育て上げる」プロセスの中で、育て上げる過程がどの程度重く想定されているかの度合いの違いしかないことになります。

人材調達は、「人材採用」・「人材育成」・「人材定着」をパーツとする一つなぎのプロセスであり、仮に中途採用であろうとも「人材育成」が一切不要と言うわけではありません。それは、中小零細企業が、差別化と言う他社とは違う道を歩むことを宿命としている以上、他社での経験がそのまま活かせる余地が、大手企業に比べて非常に限られていることによります。

人材とは、経営資源(ヒト・モノ・カネ・技術・情報)の一つです。経営資源とは、経営を行なう上で必要とされる要素で、経営を適切に行なうためには、この5つの経営資源の状態に注目して、質と量の推移を管理をすることとなります。この中の1つ、人材という重要な経営資源についても、経営者が望むレベルでの「品質」を保ち、その品質が落ちることがないように「管理」することが必要です。そのため、人材の品質管理についても、営業などの日常業務同様に、またはそれ以上に意識的に、戦略を立案し、計画的に取り組んでいかなければなりません。

人材調達に関する品質管理は、組織内の人材の質と量を、組織が必要とするレベルに保つことが眼目です。経営者の望むレベルに保つことが目標となるので、まずは人材を入れる採用の段階で一定の質を確保し、その後の社内での教育で時間や労力の投資をして人材の質を上げ、さらにその数が常に一定を保つように定着を図っていくという流れです。

経営資源のうち、モノの場合を自動車製造の場合で考えることとしましょう。原材料は鉄です。鉄の仕入れをする際に一定の基準を満たしているかチェックを行ない、目的に合致する質の鉄材を購入します。この際の質は目的に合致することが重要で、その質を下回るものでも、上回るものであってもいけません。想定した質を上回る鉄材が混在していると、後続の加工プロセスをまとめて行なうことができなくなり、工程上大きなロスが発生します。一定の質の鉄材を仕入れた所で、一定の加工方法を施して自動車という製品にします。一定の加工方法を施しても、色々な理由が重なって、必ずしも想定する質の自動車が100%できる訳ではありません。そのため、各自動車のチェックを行ない、求める質が達成されていない場合には何らかの修正加工を行ないます。これで一定の質の完成製品(=自動車)が揃いましたが、これが例えば盗難にあったり、工場が火災になってしまっては折角加工して作り上げた「価値」が失われてしまいます。そこで、保険をかけたり、各種セキュリティを厳重にしたりするなどの対処をします。
※これらの対処は完成品のみならず、仕入れたばかりの原材料や途中まで加工を施した段階の仕掛品をも対象とします。

これを人材調達のケースで考えてみましょう。まず、中途採用にせよ新卒採用にせよ、「どの程度の育成が社内でできるか」や、「労働市場にどの程度の人材がどの程度のアクセスの容易さで存在するか」、そして、「どれぐらい急いで調達を行なわなくてはならないか」を検討した上で、組織が求める人材の質に対して、採用時点でどの程度の質を確保し、その後、社内における育成で補うべき質のレベル幅を決めることになります。この人材調達の「質の設計」は、(その規模を問わず)多くの企業において驚くほど実施されていません。人材の品質管理を当レポートが執拗に強調する理由がここにあります。

その後、その想定に基づいて人材採用を行ない(これが自動車のケースでは一定の質の鉄材の仕入れです)、その人材を想定した質の不足分を補うような育成を施します。(これが自動車のケースでは一定の加工プロセスを施すことです。)さらに、何らかのテストや評価を組織内で行なって、育成後の人材の品質を確認します。当然、何らかの問題があった場合には、育成を個別に行なって不足している質を補います。質に問題のない人材が揃ったところで、その人材がいきなり退職をしてしまうのでは、「人材採用」と「人材育成」のコストが全部ムダになってしまいますので、在職動機を引き上げるような「人材定着」の方策を打ちます。

このような「人材調達」のプロセスは、長く継続的な努力を必要とします。そして、どのパーツも重要であり、どれかを欠いては全体の努力が無駄になってしまいます。企業の経営状況は移ろい易く、業績が乱高下を繰り返すことも珍しくはありません。しかし、「人材調達」が長く継続的な努力を必要とする「事業の一環」であることを考え合わせると、何らかの環境要因などで計画の進行が若干困難な状況に陥ったとしても、第1部で述べた通り、簡単に「できない」、「無理」などと諦めるべきことではありません。毎日行なう商品の在庫管理と同じ様に、人の管理も業務が落ち着いた時期に片手間に行なったりせず、日常の業務に組み込んで着実に行なう意識を持つ必要があります。

新卒採用だけに注目すると、仕入の時期が年間でも限られている上に、景気の波や学生の数の変化に合わせて対策も変えなければならないため、その年毎に新卒採用の動向を読んで早々に計画を行なう必要があります。また、一人の社長が経営を行なうことができる期間を考えると、仮に35歳で社長に就任し、65歳で引退するというケースを考えても、新卒を採用するチャンスは30回しかなく、1回の採用ができないからと見送ったり、失敗をしてしまうと、残りのチャンスが29回しかなくなってしまいます。29回しかチャンスがないということは、野球で例えれば3試合と少々といった少なさです。つまり、一回ずつが非常に重要なチャンスだということがお分かり頂けると思います。このように、人材調達の流れは経営の重要な一部である以上、このプロセスを経営戦略として入念に計画し、確実に実行していくことが大切です。

この作業を怠り、少しの経営環境の悪化のために人材の調達を止めてしまうことで、必要なタイミングに組織の力が不足し、徐々に経営を悪化させていく可能性が高まるのは論を待ちません。経営危機に陥った中小零細企業の社長が、その状況に対して恨み言を言っていても状況が変わりません。その段階ではできる手を打つことしかできません。しかし、ここで周囲を見渡すと同様の環境にある同レベルの組織規模の同業他社や異業種他社が、皆一様に経営危機に陥っている訳ではないことに気づくことでしょう。経営危機を招くような環境への最大の「耐性」は多分、日常から行なっている経営資源の「質」蓄積であるでしょう。こう言うと財務体質に着目する経営者やコンサルタントが多いことでしょう。その通りですが、その「資金」を日々のオペレーションでどれだけ生み出すことができるかを決めるのは、「人材」に他ならないことは強調に値します。

また、昨今では、インターネット上の就活サイトや就職サイトの発達の影響で、企業の人材採用活動のありかたや、人材調達活動全般のあり方などが世間一般に認識されやすくなっています。その意味で、レベルが低い、場当たり的、さらに一貫した方針がない、こう言った人材調達のあり方は、中期的にその企業の信用を著しく毀損してゆくことでしょう。

第3部「人材採用におけるマーケティング原理の活用」

実際に人材を採用する際には、マーケティングの原理を活用して考えると、効果的な戦略を立てることができます。マーケティングとは、「顧客の求める価値と満足を理解し、それを満たす製品やサービスを顧客に提供することを通じて、継続的に利益を創出する全ての企業活動」のことです。

この「全ての活動」は非常に重要な論点です。例えば、現金払いが困難で業界慣習的にも手形で支払いを受ける製造業があったとします。この製造業はこのような顧客のニーズに対して、かなりの資金的余裕を持たねば経営が成り立ちません。(手形を廃する努力をしていくことは一般論で必要とは言うものの)顧客の手形による支払いを受けることを可能とする財務戦略は、間違いなく、マーケティングの一環であるはずです。コストを下げる全ての営みは、その結果生まれる利益を、企業の継続的な存続に当てるためであり、顧客には価格の引き下げ以外にも顧客ニーズを満たす何らかの投資を行なうための原資の確保と言うことです。このように考えると、「人材調達」も、その部分である「人材採用」も「人材育成」も「人材定着」も、全てマーケティング活動の一環です。

しかし、この部で言う「人材採用におけるマーケティング原理の活用」は、全く論点が異なります。企業全ての活動に含まれるからマーケティングを意識するのではなく、「人間のニーズを組織が充足するための手法の集大成」としてのマーケティングの原理を「人材採用」に“採用”することを指しています。

具体的に考えてみましょう。例えば、インスタントラーメンという商品を販売するケースを考えます。企業の外にいる人々(顧客)が、すぐに食べることができる主食が欲しいという欲求を持っており、これをニーズと呼びます。企業は顧客のニーズを把握して、その顧客のニーズを満たす、すぐに食べられるラーメン、つまり、インスタントラーメンという製品を作り出します。製品が完成したら、広告やCMなどを通じて宣伝文句や映像を使って「手軽に食べられる」「簡単で美味しい」といった価値を伝え、そのニーズを持っていた顧客は価値に惹きつけられて、自分もその価値を得たいと思うようになり、購買活動に走ります。その結果として、企業は(一定期間持続する)利益を得ることができるはずです。この一連の流れがマーケティング活動と考えられます。

企業組織は上述のようなサイクルを反復することで顧客のニーズを充足し、継続的な利益を得ると言う目的を達成します。顧客同様に企業組織の外に居る別の種類の人間のニーズをも満たすことができます。その人間が「たくさんの収入が欲しい」、「自分を認めてくれる仲間が欲しい」、「何となく人のためになっている実感が欲しい」と言うニーズを抱えているとします。企業組織は、その人々を見つけ出し、自社ができることを伝えることで惹きつけ、それらのニーズを満たす代わりに、その人々の労働力や企画力を獲得するとしたらどうでしょうか。これが企業組織が人々を雇用する際に起きているメカニズムだと見ると、これは立派にマーケティング原理が活用できる「組織によるニーズ充足」のプロセスです。

例えば「給料がたくさん欲しい」「仕事で技術を身につけたい」というニーズを持っているとすると、募集する広告やホームページなどに、「自分の会社に入社すると給料がたくさんもらえます」「入社後三年で技術が身につきます」といったようなニーズを満たす言葉を使って、自社に入社することの価値を伝えます。この時、ただニーズを満たす言葉なら何でも使って良いわけではなく、自社の強みを考えて、強みの中からアピールするようにします。すると、自分のニーズを満たしてほしいという人が集まり、企業はその中から人材を採用し、働いてもらうことで利益を得ることができます。

このように、採用をする場合も、採用をしたい人物がどのようなニーズを持っているかを正確に把握して、その人にその人の持つニーズを満たす企業であることを伝えることが重要であり、ニーズの把握が正確なほど、相手の気持ちをぐっと掴むことができ、ぜひ働きたいという人物が集まってきます。また、入社後も相手のニーズを満たす環境を継続して整えておくことで、採用された社員は満足して仕事を続けることができ、簡単に辞めることも少なくなります。一般的に多くの企業では、自分の会社をアピールする文句を書いた募集広告に、入ってほしい人物の条件を書いて、応募を待つという採用活動を行なっています。これでは、相手の気持ちやニーズを考えず、こんな製品でこんな内容ですとただ書いただけの魅力のないチラシと同じです。しかし、このような一般的な手法に対して、マーケティング原理を活用した採用活動を行なうと、入社して欲しい相手の気持ちを満たす方法をとるので、狙った人物が集まりやすく、ミスマッチを少なくすることができます。

ここで言う「狙った人物」はただ採用するだけではなく、「人材採用」と一つなぎの「人材育成」や「人材定着」のプロセスにも流れていく訳ですので、人材調達のプロセス全体にマーケティングの原理を応用することが可能です。しかし、人材調達のなかでも、とりわけ会社の外に存在する人々に対して、入社したいと強く思ってもらうのが「人材採用」なのですから、マーケティング原理の活用は、「人材採用」のプロセスに取り分け有用だということができるのです。

一口にマーケティング原理と言っても、マーケティングには数限りない諸説諸論が存在します。そこで「人材採用」にマーケティング原理がどのように活用できるかを簡単に追ってみましょう。

採用活動を行なう際にまず行なうべきであるのは、SWOT分析です。これは、作戦や計画を立てる上での枠組みを確認することです。人を採用する際に、企業として強み、弱み、そして採用環境に存在する機会、脅威となるものは何かを考えます。次に、採用したい人物像を「住所」「性別」「学歴」「性格」「家族構成」等まで決め込んでいくというセグメンテーションを徹底的に行ない、こんな人を採用したいという人物像=ターゲットを作り上げます。この人物像は架空の人物を考えながら作り上げるのですが、実在の人物をモデルにしても構いません。また、ターゲットが何タイプかあってもかまいません。さらに対象となる人物が企業にどのような価値を求めているのか、どんなことで満たされるのかなど、働く環境、働くことで得たいと思うもの、収入の条件といったニーズの想定を行ないます。

続いて、SWOT分析で明確になった自社の強みの中で、対象の人物のニーズを満たす項目を洗い出し、当社で働くとあなたのニーズを満たすことができますと、会社の外にいる人々にイメージを伝えます。この際に、ターゲットとする人物はどのような採用媒体を使うとよく目にするか、広告が良いのか、会社説明会が良いのかなどを相手に合わせて選びます。SWOT分析からイメージの伝達までの流れを通じて、他社との違いを出し、ターゲットの心をしっかりつかむ。つまり、マインドシェア(心の中の企業に対するイメージの占有率)を高めるということです。これが、他の会社との違いを明確にして、ターゲットに「どうしてもこの会社に入社したい!」と思わせる差別化になります。そのためにも、他社の採用活動の動向や、業界の動向をしっかりと把握し、会社が持っている「強み」を活かしてどのように差別化を行なうかを考えておく必要があります。

以上の説明で登場したマーケティング原理の超基礎項目を実践に即する形で考えてみましょう。項目は「SWOT分析」と「セグメンテーションとターゲティング」、「ニーズの想定」そして「マインドシェアの獲得」です。

1)SWOT分析

SWOT分析とは、経営戦略を行なう際の分析方法で、企業の持つ強み (Strength)と弱み(Weakness)、企業を取り巻く環境に存在する機会(Opportunity)、脅威(Threat)の4つの領域で該当する項目を挙げていきます。それぞれの英語の頭文字を取って、SWOT(スウォット)という名前がついています。機会と脅威は外部要因といい、企業自身ではどうにもできない、外部の環境が自社にどのような影響を与えるかを分析することです。残りの強みと弱みは内部要因といい、外部要因が与える影響に対して、自社がどのような強みと弱みを持つかを分析することです。

実は、SWOTが案出された際の英語の原義に遡ると、内部要因は「コントロール可能な要因」とされており、外部要因は「コントロール不可能な要因」とされています。つまり、仮に会社内部にある要因でも事実上操作したり変更したりできない要因は「外部要因」扱いになりますし、社外にあっても企業の思惑通りになる事柄があれば、それは「内部要因」扱いされるべきでしょう。極端な見方ですが、採用の実務担当者や人事部門管理者にとっては、オーナー経営者の無謀な採用の意向は、事実上コントロールしがたい、しかし、受け入れざるを得ない条件枠になる訳ですから、採用部門にとっての外部要因と考えられます。(勿論、このような項目を「人材採用」の戦略立案の際に、具体的に項目として書き込むべきだということを勧めているのではありません。)

さて、内部要因を分析する際は、経営の5つの資源(人、物、金、情報、技術)の切り口から考えると分類がしやすくなります。例えば、人=人材、物=商品力、金=財務状態、情報=意思決定力・ブランド力や評判、技術=独自の技術といった切り口です。

例)強み・・・社員が若く活力がある、研修制度が充実している
弱み・・・企業の名前が有名ではない、同業他社に比べて有名商品がない
機会・・・今年は他企業の新卒募集が少ない、近隣の都市開発が進み注目の立地
脅威・・・業界の先行きが不安定、少子化により労働人口が減っている

といった具合に書き出します。このSWOT分析を行なうことで、自社の置かれた環境や現状を把握することができます。その中で人材採用に向けてどのような強みを活かしていくべきかを明確にすることができるため、採用したい対象者に向けて、アピールしていく強みを選ぶ材料になります。

SWOT分析を行なうのは、作戦を立てる際の枠組みを考えるためと、前述致しました。やってみると分かるのですが、これは兵法などで言われる「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」という教えの実践です。一般のマーケティングが顧客を他社にとられることを(一面では)防ぐことを目的としているように、採用におけるマーケティングでも一定の質を持つ自社の欲しい人材を他社に獲得されないようにするためには、その人材が存在する「労働」市場の状況を知り、自社の得意なフィールドや使える武器を認識することが非常に重要であると言うことです。

また、SWOTを分析して、実際に作戦を立てる際に、注意すべきことがあります。既にマーケティング原理の活用の冒頭の説明で申し上げましたが、SWOTの四項目のうちでも、特に意識してリストアップし、意識して活用しなくてはならないのは、S(強み)です。説明は割愛しますが、ランチェスター戦略論には、「弱者の戦略」と「強者の戦略」と言うものが説明されています。この応用を考えたとき、「強者」は、強みと弱みのうち、弱みを全般的に埋め合わせていくようにする戦略を採ることになります。一方、「弱者」は、現状の弱みは弱みのままに放置し、むしろ、強みの強化に持っている経営資源を集中的に投下することになります。

例えば、給与額は少ないが、若手育成に熱心な中小企業が新卒学生を採用する際に、今更、血の出るような企業努力による利益の捻出や、給与テーブルを捻じ曲げるような特例扱いを慌てて設定して、多少の金額アップを図ったところで、他社に比して「当り前」程度になるのが関の山で、それ以上のメリットは何もありません。それであれば、育成体制が企業規模から想像できるよりも、素晴らしく手をかけた状態で、離職率も低く、若手社員が明るく働いているような事実を、きちんと強調して伝える方が、間違いなく新卒学生に「刺さる」ことでしょう。

2)セグメンテーションとターゲティング

セグメントとは、部分・破片という意味の英単語です。セグメンテーションは「セグメントにすること」を指す言葉です。マーケティング活動の中では、消費者をその属性(「住所」「性別」「学歴」「家族構成」等)で分類することを意味します。ここでは採用対象者を分類するのですが、これから会社の外に人材を探しに行くという段階で、応募してくる人物がどのような人かわからないにも関わらず、事前に対象者を分類することなどできるのかという疑問がわいてくると思います。ここではまず、マーケティング理論に則り、経営者の求める質を備えた、または今後その質が実現できると思われるような人物像を、想像を働かせて決め込んでいきます。

例えば、自社の業務に合っている、社風に合っている、今後組織の中で必要な資質や性格を兼ね備えている人材を採用したいという場合、その人物の住所、年齢、経歴、家族構成、休みの日の過ごし方等の属性から、性格や特技、組織行動の中での傾向や仕事に対する考え方、場合によっては氏名という風に想像をしていき、より細かく属性を決めていきます。これは、あらかじめ組織にいる社員をモデルとしても良いですし、全く新しい架空の人物を決めていくという方法もあります。このような採用のターゲットとなるような人物像を絞り込む過程を、「ターゲットを決めること」と言う意味でターゲティングと呼びます。

想像すれば当り前のことですが、求人広告に謳う言葉や求人広告の使い方によって、それによって満たされるニーズを持つ特定の人材層が応募してくることになります。「高給」を謳えば収入を伸ばしたい人間が集まるでしょうし、新聞の折り込みチラシを打てば、「働くのなら、住んでいるところの近くが良い」と考える人間が集まることでしょう。

つまり、属性の絞込みが甘いと求人方法の絞込みができないことになります。求人広告に謳うべき言葉、求人手法の選択、さらに面接で言うべき言葉などが明確にならず、結果的に誰にも「刺さらない」求人手法の集合になってしまいます。セグメンテーションとターゲティングを考える上で、「絞ると応募数が減る」と言う考え方に傾きそうになることがあります。しかし、ニーズは厳密には十人十色です。「社員旅行あり」と謳うとそれが嬉しい人には魅力的ですが、嫌な人には敬遠材料にしかなりません。ですので、「全員を喜ばせることはできない。皆に許されるような何とはなしに良い様な平凡なメッセージは、逆に誰のニーズも強力に満たすことがない以上、誰にも訴えかけることがない」ことを肝に銘じるべきです。セグメンテーションとターゲティングは、その結果を書き表してみて、複数の社員が同じ人物像をはっきりと想像できるくらいの明確な分析が行なわれているぐらいのレベルを目指すべきでしょう。

3)ニーズの想定

ニーズとは、こうなりたい、これが欲しい、こんなことが実現したら嬉しいという、人が持つ欲求を指します。ニーズは何かの形で満たされない限り、消えることがありません。採用活動の中では、セグメンテーションとターゲティングを行なった結果、入社して欲しい人物の属性がはっきりしてきたら、採用したいターゲットの人物が何を望んでいるか、どんなことで満たされるのかというニーズを想定していきます。この作業では、まだ目の前に存在しない人物に関して、何を求めているのか、何に価値を見出しているのかを想像力を働かせて考える必要があります。具体的には、ターゲットがどんなことを望み、仕事をすることでどのような欲求を満たそうとしているのか、休みの日は何をして過ごすのか等、その人物の性格や生活シーンを想像して、欲求の形が見えるようにすることです。

ただし、実際に働いている人に、「なぜ働くのか」「会社に何を求めているのか」と質問したとしても、「給料がもらえるから」「憧れの職業だったから」といった適当な理由が返ってくるものの、ニーズというものは本人すら気付いていないと考えるべきです。例えば、先ほどの例の人物に「給料がもらえるならばどの会社でも良いのか」「憧れの職業であれば給料が低くてもどこでもよいのか」と聞くと、必ずしもそれだけが理由でないことが分かります。このように、ニーズは幾つもが強弱さまざまに重なり合い、本人の無意識のうちにしまいこまれているものです。

ニーズを想定する場合は、日頃から様々なタイプの人物や身近な人を観察し、その人物の趣味嗜好や考え方、行動をするときの判断基準等を考える癖をつけ、想定の精度を上げていくことが必要です。より多く生身の人間と接し、声を聞くことで想定の精度が上がり、例えばその人物がレストランで何を注文するのか、休みの日は何をして過ごすのか、仕事の進め方などの特徴も予想ができるようになってきます。この精度が上がれば上がるほど、ターゲットのニーズと、実際に欲しい人物のニーズが当たりやすくなります。そのニーズを満たす対策を打つことで、狙い通りの人物の心を捉え、向こうから集まって来るよう仕向けることができるようになります。

セグメンテーションからターゲティングまでの流れは、属性の面で人物像を絞り込む作業です。その作業の説明をすると、よく発生する疑問に、「他の人は雇わなくて良いのか」や「ターゲット以外の人物が応募してきた場合どうするのか」などがあります。少々極論ぽいですが、結論から言いますと、「他の人を雇っても良い」ですし、「ターゲット以外の人が応募してきたら、普通にターゲットの人々に対応するように対応すればよい」ということ、基本的にはなります。なぜなら、マーケティングは、ターゲットの属性に合わせて商品やサービスを提供するのではなく、ターゲットの「ニーズ」を充足するような商品やサービスを提供するものだからです。つまり、ターゲットとは属性の違う人物が現れても、その人物もターゲットと同様のニーズを持つ限り、その充足が原理上可能であるはずです。そのニーズが充足され、その人物が報酬(/対価)を支払うのであれば、わざわざターゲットと異なるからと言ってこちらから断る必要はありません。

30代前半の女性を意識したようなカジュアルの服を売るアパレル店を40代前半の女性が訪れて、商品を買い込んでいくこと。古くはサラリーマン需要を見込んで製造されていたポケベルが、当時できたてだった言葉である「コギャル」達に大ヒットして普及するなど。ターゲット像とは全く違う顧客が発生することは十分ありえます。これはターゲットの属性設定が間違っていたということは一応いえますが、そのニーズ設定に関しては精緻に行なわれていたと解釈すべきです。ニーズにきちんと対応している業務展開をしている限り、集客にはつながり、利益も上がります。

このように考えると、セグメンテーションやターゲティングのプロセスを省いて、いきなりニーズの想定を行なっても良いことになります。全くその通りで、ニーズさえきちんとイメージできれば、理論上、セグメンテーションやターゲティングは必要ないことになります。しかし、実際に、自社商品やサービスが満たすニーズを、そのニーズを持つであろう人物像を精密に検討することなく特定することは、極めて困難です。ですので、先にセグメンテーションとターゲティングを行なう必要があるということです。

4)マインドシェアを高める

マインドシェアとは、ある人物の心の中で、ある企業や特定のブランドが占める割合のことを言います。例えば、「即席めんといえば○○」「車の会社といえば△△」といった具合に、ある消費者の心の中を独占していればいるほど、選ばれる確率も高まります。そのために、企業は想定するターゲットに合わせたよりきめ細やかな対応をすることで、対象者の好感や信頼、理解度を高めていくことが必要です。その結果、お客様はその企業に「囲い込まれている」状態になると言うことです。

採用活動でいうと、マインドシェアを高めるためには、ポスターでターゲットの心に響く言葉を使うことで、好感を高めることができます。また、応募の際の電話応対で相手に合わせた丁寧な説明や信頼の持てる受け答えをすることで、好感や信頼を高めることができます。また、事務連絡のメールも発信タイミングや発信頻度などを相手の状況を想定して、入念に検討し、必要な情報をしっかりと盛り込むなどすることで、相手のマインドシェアを急激に高めることができます。ターゲットの心の中を自社の良いイメージで占領していくことができ、例えば他の企業から少し高い給与の提示を受けたり、有名大手企業から誘いを受けたとしても、自社を選んでもらうことができるようになります。

第4部:「労働市場の実態を理解する」

ここで、企業から見て人材調達を行なう場である労働市場について考えてみたいと思います。労働市場とは、食料を業者とお店が売買する青果市場や魚市場と同じ様に、労働力を商品として、それを供給している労働者と、需要を持つ企業が取引を行なう市場という考え方です。労働市場は大きく3種類に分類することができ、新卒学生を扱う新卒労働市場とその他の人材を扱う一般労働市場と特殊労働市場です。ここでは3つの市場の構造と特徴を中小零細企業からの視点で紹介します。

【新卒労働市場】

新卒労働市場は、中学生から大学生でその年の卒業・修了見込者を対象とした市場です。厳密には新卒用に用意されたチャネル(窓口・経路と言うような意味です)を通して採用できる新卒者を採用する際に「新卒採用」が発生します。新卒を雇ったら何でも新卒採用とは言えないと言うことです。四年制大学を例にとって考えてみましょう。学校によって様々ですが、一般的には三年生の10月頃から、所謂「就活」が始まり、翌年になって、まだ三年生である1月から3月の間に早い学生(つまり、優秀な学生と言うことですが)は企業との接触を開始します。

四年生の10月には、主な新卒採用のチャネルとなっている、各大学の就職課(大学によってはキャリアセンターなどとも呼ばれています)や「リクナビ」などの就活サイトも次の三年生に対象者を徐々にシフトしていきます。この時点で、就活が終了していない四年生は、事実上、新卒採用のチャネルを活用できなくなるわけですので、企業から見ると「新卒採用」のターゲットから外れてしまいます。これらの学生は、ハローワークや一般の求人誌・求人紙、さらに人材ビジネス各社などの活用によって活路を見出すしか方法がなくなります。後述する一般労働市場に流れ込むということを指します。

近年少子化による人口の減少で、各学年ごとの学生数が徐々に減ってきているのは事実ですので、新卒労働市場は縮小傾向にあり、長期的には企業が現状どおりの学生数の確保は困難になることが考えられます。しかし、実際には四年生の卒業間近の学生が総て新卒労働市場に現れる訳ではありません。四年制大学の卒業生の進路は、民間企業への就職、公務員試験の合格、大学院進学、その他と言うところでしょう。勿論この段階でも民間企業への就職が最大のパイです。しかし、見逃せないのが、大きさで言うと(学校にもよりますが)一二番目のパイである民間企業への就職と公務員試験受験の路線のうち、無視できない比率の学生が、その他に移動してしまうことです。

民間企業への就職、つまり、就活の途上で、そのストレスに耐えられず、就活を諦めてしまう学生が発生します。また、10月の段階で就活が不成功に終わり、その時点で就職を諦める学生も居ます。これらの学生数は、学校によっては当初の就職志望者のうちの三割を越えます。また、公務員試験の受験者の方も、多くのその他への移行者を生み出します。受験結果の発表がなされるのは毎年9月過ぎです。多くの学生は公務員試験の難易度故に、就活をしていません。つまり、就活のラスト一ヶ月程度の段階で不合格となった学生が多く新卒労働市場に吐き出されることとなります。就活は学生にとっては初めての厳しい自己管理を要求される場面であることが多く、スケジュール管理や各種の準備や練習をタイムリーに行なう必要が出ます。これを他の学生に較べて一年近く遅れて開始しても、公務員試験落第者に民間企業への道が開けることは稀と考えるべきでしょう。この結果、公務員試験落第者は、多く、先述の「その他」の道を歩みます。

※就職課はよく「就職率100%」と言うような表現をしますが、この場合、割合の計算の母数は「就職希望者」となっているケースが殆どです。ですので、当初就職を希望していても、「その他」の道を選んだ学生は母数に含まれて居ません。

この「その他」の選択肢は、所謂ニート、フリーターの路線です。今では男女を問わず、「家事手伝い」と言う選択肢を取る学生も居ます。勿論、一般労働市場への流れ込みも多く見られますが、正社員になることの難しさを痛感し挫折してしまった多くの学生は、その道自体を諦める、または、「酸っぱい葡萄」の寓話のように、正社員への道を否定するような態度をとることもあります。派遣会社への登録も、比較的女子に多い選択肢です。軽作業・工場労働などへの業務請負サービスの働き手と成るケースもあります。この場合は、アルバイトや契約社員の形となりますが、近年は、その労働条件の劣悪さが取り沙汰されることがある選択肢です。

新卒労働市場に話を戻します。特に新卒労働市場の中で最大である四年制大学卒業生の新卒労働市場に話を絞っていきます。(短大、工専なども時期や原理はほぼ同じです。)市場は、まさに需要と供給のマッチングの場ですが、新卒労働市場も例外ではありません。概ね1月から新卒学生と企業とのマッチングが始まり、10月まで継続しますが、このマッチングには大きな流れがあります。1月の段階では、学生の方には優秀な学生から質の低い学生まで揃っています。同様に、1月の段階では、求人力の高い人気企業(多くは大手企業、有名企業など)から不人気企業(無名企業、不人気業界企業、3K企業など)まで、新卒採用を行ないたい企業が揃っています。

マッチングが開始されると、当然、売り手も買い手も優位なものからマッチングがされていきますので、人気企業は早い段階で優秀な学生を確保します。そして、そこで残った敗者の中から、その中でも優位にある学生と企業がまたマッチングします。このように徐々にマッチングの中身は、質の低い学生と不人気企業の組み合わせへと移行していき、10月に至ります。学校が休みになると就活は鈍りますので、1月から開始された新卒労働市場はGWと夏休みで節目を迎えます。つまり、1月からGW前までの第一波、GWから夏休み前までの第二波、夏休み後(9月頃)から10月までの第三波の三つの期間に分けられますが、この組合わせの当事者の質が急激に下がって行くということになります。

その低下してゆく学生の質は、色々なファクターで決まります。一番分かりやすいのは出身校です。大学には偏差値の厳然たるランキングが存在します。「六大学レベル」、「日東駒専レベル」、「MARCHレベル」、「大日本帝国レベル」などの表現が有名ですが、これらの学生でも、不人気企業である中小零細企業が採用できるレベルの新卒学生を抱える大学は殆どありません。これらの大学は、イメージ的には一流から二流と言う感じかと考えられますが、実際には三流、四流、五流ぐらいのイメージの大学まで存在します。大学のランクは偏差値以外でも、関東・関西圏か地方か、そして公立か私立かなどもパラメーターになっています。

これらの大学の質は、そのまま学生の質の構成に相関します。レベルの高い大学にも質の低い学生は存在しますが、その割合は僅かです。これに対して上述の四流・五流のイメージの大学では、極端な言い方ですが、自分の住所を漢字で書けないような学生も無視できないほどの数の単位で存在します。これらの学生は新卒労働市場の中で、篩にかけられ、各々の質に見合った企業から各々の質に見合ったタイミングで内定を貰います。

学生の質の上下は面接や書類選考などでもかなり把握できます。人材紹介業では、何となくの体感ベースで、10点満点の評価をして、「7点人材」などの言い方をすることがあります。新卒学生であれば、大まかに三分類が妥当であるような気がします。学力や仕事をする上で不可欠な社会適応力などを基準として、学力も社会適応能力も高い上位レベルの人材と、学力も社会適応力も平均的な中位レベルの人材と、知識が乏しく、社会適応能力が低い低レベルの人材とで3つのレベルに分けることができます。このうち、上位の学生は大体、GW前に内定を希望の人気企業などから貰い就活を終えてしまいますので、事実上、中小零細企業の説明会に現れることはありません。残る中位レベルと低位レベルの学生ですが、前者は紹介予定派遣などの方法で大手企業の綺麗なオフィスで働けると謳う人材派遣会社に掠め取られやすく、後者は就活から脱落しやすいので、中小零細企業は一般にその残りの学生をGW過ぎに採用することとなります。

学生の質の違いを観察すると幾つかパターンが存在します。まず、性別によって質の分布の仕方が異なります。男性の方が上位レベルの人材がある程度存在し、中位レベルは少なく、低位レベルの人材が多いという分布になっています。つまり、二極化の状態です。これに対して、女性は中位レベルに集中し、男性に比べ、上位レベルも下位レベルも少ないようなイメージになっています。一般に上位レベルの男子学生は上位校に進学するので、三流大学以下の大学では、女子学生の成績の方が男子学生を上回る傾向が観察されます。

もう一つの学生の質の違いのパターンは入学方法です。受験を経た学生の質は高く、昨今増えているAO入学(俗に「一芸入試」などと言われるもので、何かの一芸に秀でている学生に進学の機会を与えるものですが、大学の定員割れ対策に使われているのが実情です)、推薦入学などの学生の質は低くなる傾向があります。この理由として考えられることは第5部で少々説明します。

【一般労働市場】

一般労働市場と言うのは、ハローワーク・求人誌・求人紙・就職サイト・新聞折込みチラシなど(ここでは敢えて人材紹介会社によるマッチングを除いておきます)を媒介として、企業と新卒学生以外の人材のマッチングを行なう場を指します。所謂一般的な「中途採用」の場と考えて頂いて良いでしょう。当然ですが、新卒労働市場と異なり、通年、常時存在する市場です。

まずは、関与者のうち企業の方は新卒労働市場と一応一緒です。明確な違いがあるのは人材の方です。一般労働市場にはどのような人材が流れ込んでくるのかを検討してみると、一般論では中位の人材でさえ珍しく、低位レベルの人材の比率が非常に高くなっているものと想定されます。具体的に頻出する低位人材モデルを分類してみると…、
1)中学校から大学までを中退または卒業したものの、
新卒労働市場では(正社員の)職が見つからない者。
2)中学校から大学までを中退または卒業し、一旦正社員の職に就いたものの、
比較的短期(例えば一年以内程度)で退職した者。
3)派遣会社の登録状態では希望の収入(または十分な収入)を得られなくなった者。
4)企業をリストラや結婚・出産などの理由で退職し、
その後、正社員の仕事が得られにくくなった者。

と言った状況でしょう。しかし、乱暴な言い方ですが…。
●高卒・専門卒以上で、
●転職歴があっても、各職場で正社員として三年以上の勤務経験があり、
●応募段階で履歴書・面接での評価が普通並以上であれば、

一旦は一般労働市場に流れ込んでも、企業がこれらの人材を放っておきませんので、直ぐにそのような人材は一般労働市場から姿を消してしまいます。その結果、あくまでも一般論ですが、先述のような4タイプの中でも企業組織の中に居場所を失って久しくなった人々が一般労働市場に滞留することになります。

新卒労働市場に較べて、人材の質はバラつきが大きく、当然ですが、年齢や性別の構成もぐちゃぐちゃになります。一方で、通年で原理上どこにでも存在するのは一応大きなメリットです。景気が悪くなると多くの社員がリストラや早期退職を迫られて一般労働市場に流れ込みますし、新卒学生も企業が採用を控えるために、就職先が決まらずに一般労働市場に流れ込んできます。

一般労働市場の規模は、一応、オカミの発表する失業率や失業者数に強く相関しています。しかしながら、これらの数値はハローワークに赴いて就職活動を積極的に行なっている人間の数をベースに構成されています。よって、低位レベルの人材が、就職活動を意識することなく日常を過ごしながら、時たまフリーペーパーの求人誌を手にするようなケースでは、当然ながら失業率には反映されません。極端な言い方ですが、低位レベルの人材は学校からも企業からも離れ、ハローワークとも接触のない状態で生活しているケースが多いので、その実数や生活状態を把握する統計は実際のところ殆どないと考えるべきです。

【特殊労働市場】

多少偏見が混じり、極端な議論になってしまいましたが、一般労働市場は現実に、「企業の組織構成員としては引き取り手のない人々の吹き溜まり」の色合いを強めています。それでは、そこに属することのない主に上位レベルの人材はどのように転職しているのかを考えねばなりません。

新卒労働市場の説明の部分で、上位レベルの学生は人気企業に早い段階で入社を決めると申し上げました。多くの大手企業などである人気企業からも退職者は発生します。また、公務員なども上級職、例えば国家公務員などは、その組織がピラミッド型の組織である以上、上に登るに連れて、徐々に競争について行けない人々を組織外に放出することになります。これらの人々は一般労働市場を経ずに別の労働市場を通して転職を行ないます。具体的には、人材紹介会社の市場と縁故採用の市場です。

人材紹介会社とは、企業が希望する人材の条件に対し、紹介会社が登録制などで抱えている人材のリストから、合うと思われる人物を紹介するというマッチングを行ない、スムーズに採用活動が進むように採用まで連絡等の進行も代行するサービス等を行なう会社です。人材紹介会社は、創業・運営の両面での規制緩和の結果、乱立し、その結果、扱う人材の質を大きく低めることとなっていますが、基本的には、専門的な技術を持つ人々(この中には工学系の専門知識を持つ人材から、経営管理も含めた何らかの分野の技術経験を積み重ねた人々)などを扱うこととなっています。一般的には企業に「販売する」人材の年収の30%程度を人材紹介料(つまり「単価」)として得ます。この報酬を獲得する以上、企業が一般労働市場でも自力で調達できるような人材であれば、人材紹介会社から買われないことになってしまいます。この「業界構造」が人材紹介会社の販売する人材の質の劣化を、乱立の後もギリギリのところで防いでいるということになります。

人材紹介会社から見ると、中小零細企業は鬼門と考えられる理由が幾つか存在します。

①求人のスペックがはっきりしない。
②企業が有名ではなく、経営にも明確な特徴がない。
③社屋、事務所などのハードが整っていない。
④給与体系や就業規則が明確ではないことが多く、また明確でも大手に比べ見劣りする。
⑤給与も一般に大手よりも低い。
⑥ヒアリング時に相談して決めたスペックを満たす人材を簡単に却下する。
⑦中小零細企業は組織が少なく、クライアントとして開拓してもリピートが望めない。
⑧組織が未分化で、何の仕事をさせるのかが、明確ではない。
⑨仮に成約しても、人材の定着率が悪く、短期間で退職して報酬の返金を要求される。

などです。中小零細企業が人材紹介会社を活用して上位レベルの人材の採用に挑むには多数のハードルを越えなくてはいけないことがお分かり戴けると思います。

もう一つの特殊労働市場は縁故採用です。平たく言うと口コミです。上位レベルの人材の能力のうち、下のレベルの人材に比して際立って高い能力は、コミュニケーション能力です。この高い能力の結果、上位レベルの人材は歳を経るごとに下のレベルの人材に比して、広く質の高い人脈の形成が可能になっていきます。その結果、「転職しようと思い立ってから、行き先を探す」のではなく、「普段の仕事の中でのつながりから、適切な報酬を対価に自分の能力が求められている転職先が勝手に見つかる」様なことがおきます。このプロセスが第三者からみると縁故採用の市場と言うことになります。この市場もこのような人脈の一端に食い込まない限り、中小零細企業にはなかなか開けることがありません。特定の専門技術において秀でた製造業の零細企業などが、その分野のレベルの高い人材を大学やコンサルタントの紹介で雇うことがありますが、それなどもこの範疇に入ります。

上位レベルの人材は、通常、社会経験や業務経験の中から自分の労働市場における価値をほぼ適正に認識します。それがどの市場でどのように取引されるものかも概ね理解しています。つまり、上位レベルの人材に訴えかけることのできる魅力が自社に乏しい中小零細企業には、特殊労働市場の活用は困難であるのが現実です。

第5部:「四年制大学からの新卒採用の評価」

今までの説明の中で、中小零細企業における人材採用において、四年制大学卒業生の新卒採用に力点を置いて説明してきました。ここで、新卒採用人材採用をするにあたり、他種の学校を卒業した人材に較べて、四年生大学の卒業生がどのような特徴を持っているかについて、考えてみたいと思います。この論点について別のレポートでまとめたことがありますので、そこから抜粋いたします。

【以下抜粋】

1)「大卒者の最大の優位点は、未来指向であること」

「大学生は講義にも満足に出ず、4年間遊んでいる」とよく評されます。一般論で言うなら、特に人文系の学科の学生はその通りでしょう。学生達は受験勉強の反動で、また、(最近その割合は減っていると言われてはいますが、)学生によっては親元を離れた反動から、遊びに走ると言うのも、本当でしょう。

仮に4年間遊べると分かっていても、言わば「遊びたい盛り」の高校時代を、テレビゲームも我慢し、夜にどこかの街で屯することも我慢して、仮に高校3年間を過ごしたとするなら、彼らの受験動機は何であるのでしょうか。端的に言ってしまうと、その方が「良い暮しができるから」と言う漠然たる未来観でしょう。無論、それは、親や周囲が押し付けた価値観で、それを無為に受容れている学生も多々いることでしょう。また、大学時代に何か学業以外にやりたいことがあり、その4年間を得るための投資としての高校時代の受験勉強ということも考えられます。

勉強自体も、余程成績が良い学生なら、楽しくもあるでしょうが、大多数の学生には楽しいものではないことでしょう。砂を噛むような時間を、実現することが保証されていない4年間の漠たる楽しみの為に、数年間に渡って費やす経験。そして、それを良しとすることができる考え方。これが、私は大卒者の最大の強みであると思っています。

考えてみると、人生そのものもそうですが、経営も本質的には、測ることのできない未来のリスクを押さえこむために、今の何かを犠牲にすることの連続です。経営努力が必ず報われるとは限らず、その経営努力を実際に行う社員の努力も、単に「生活のための仕事」と割りきって行なえるほど、生易しいものではありません。無論、理屈抜きで、“業務命令”で、努力を強いることも可能ですが、できるなら、不確かな「明るいかもしれない未来」を作るという意味で努力をしたいものです。会社での仕事をこのように受け止めることができる可能性が高いのが、大卒者の社員としての特長と言えるでしょう。

それは、「良くなる未来に繋がる可能性」が、根源の部分で動機付けになり得ると言うことですので、単に居場所を作ったり、成長を実感させる以外に、彼らが属する組織の可能性を伸ばすことさえも動機付けとなりやすいと考えられます。逆に言うと、そのような要素がなく、ただ、居て楽しく、何とはなしにできることが増えるだけの職場では物足りなく感じる部分もあることでしょう。

2)「大卒者は学習の仕方、課題解決方法を本質的には体得している」

私が留学時代に、「大学教育の意義とは」と言う議論をよく耳にしました。それは多分、日本人に比べて短期的・即物的な結果・効果を求めることが多いアメリカ人が、大学生になってみて(高校までは日本人学生の場合に比べて、(少なくとも当時は)本当に勉強する時間が少ないので)、不慣れな勉強体験の連続に音を上げて、自分のやっていることの意味を考え直そうとしたと言うことだと思われます。

その議論の結論は、通常、「大学教育は、ヒトをナイーブでなくして行くもの」であるということでした。「ナイーブ」の本来の英語の意味は、「社会のことを知らないアマチャン」と言うような、かなりネガティブなものです。「ナイーブ」と評されて、喜ぶ者を見たことがありません。そうすると、大学教育の意義は「ヒトを社会にスレた状態にする」と言うことになります。

高校までは「習う」のであって、大学からは「学ぶ」ことが始まるとも言われます。高校でも、多少は答えのない問題を考えさせることはあるでしょう。例えば、読書感想文などは、正解がなく、自分の思うことをまとめるものであるのに、提出すれば優劣が明らかになる訳ですので、正解のない課題をどう解くかが問われていると考えるべきでしょう。大学では、一般に正解がない課題を解く機会は増え、さらに、課題の解き方も自分で探し選び、場合によっては、何が課題であるのかを見つけるところから、ことが始まるケースへの対処が要求されます。

極端な比較かもしれませんが、卒業の可否は、高校では出席日数と(定量的な)成績によって決まります。多少の選択科目はありますが、基本は皆、同じ土俵の中の優劣です。これに対して、大学では、卒論のできが重要なファクターです。その卒論は先の読書感想文同様に、優劣が明確に判定できるものではなく、おまけに、テーマの選択まで学生に(基本的には)任されています。卒業に必要な単位の取得数は明確になっていますが、選択科目は非常に多く、何をどう選ぶかは自分次第で、自分で考えることが強要されます。

大学の教授の会議に非常勤講師として出席したことがあります。教授達の発言を聞いていて気付くことが一つあります。私は、大学は学生達の授業料で維持運営されているので、教育サービスの品質を上げることが、大学経営の基本だと考えていました。しかし、彼らの認識は違います。彼らの本業は、自分の専門分野を研究し、論文を学会で発表することであって、学生にはそのおこぼれを分け与えているに過ぎません。ですので、非常勤講師になる際に資格審査の書類を出すよう指示されましたが、その書類に他校での講義の科目名も学生達からの評価も書き込む欄はありませんでした。非常勤講師の報酬月額も、大学卒業から何年経っているかによって、自動的に決定されます。

つまり、「大学の先生」は、学生達に理解することを期待していません。しかし、学術的に一定レベルに達したか否かは、先生達の持論を聞く者の評価としては必要です。よって、先生達の十八番の「論」によって評価をすることになります。そこには決まった課題もなければ、決まった解決の方法もありません。求められていることを考え出し、それに相応しい課題を考え出し、それに対して自分なりの解決方法を提示する。このようなプロセスが反復されるのが、大学生達が受ける教育と考えて良いでしょう。これは経営における“現場力”に通じる能力と考えられます。

課題解決に当たることは大学生のみならずありますが、自ら課題設定する機会が発生する教育プロセスは大学教育以外にはなかなかありません。このような中で、学生達はその能力を磨く訳ですが、自ら課題設定をして良いと言うことは、安易な課題を設定して、安易に解決する余地もあるということを指します。つまり、「論文」(=一般にはレポート)の量と体裁さえ整えば、内容は多少いい加減でも良く、まして、内容がいい加減でも通るようなテーマ設定をすることも自由と言うことです。

このような可能性が否定できないどころか、大学生の単位取得のための苦労話などを聞くにつけ、大学教育は前述のような、ある種の「やり過ごし」の訓練と見ることができると思い至ります。

つまり、何かのレポートを課題として出された時
●テーマを自分にとって楽なものに設定してもよく、
●資料もそれほど集めなくても、体裁さえ整えば良く、
●内容が多少怪しくても、期限に間に合うことのほうが重要で、
●最終的な評価が悪くても、
「自分はこう解釈したからこの結果になった」と抗弁する余地がある

のように、やろうと思えばできると言うことになります。課題解決の基本中の基本は、解決できる課題を設定することです。大きな課題や、複雑な状況に直面した時に、上述のような対処の経験は、少なくとも、課題解決をすることに動揺しない人間を作ることでしょう。それは、取りも直さず、決まった形の答えの追求とは対極にある、「妥協すること」や「清濁併せ呑むこと」、「取り敢えず良しとすること」の可能性を広げます。

これは、東大教授の高橋伸夫氏による『できる社員はやり過ごす』にも登場するような、仕事のできる社員の態度そのものです。

3)「大卒者は社会性が高く、組織内での泳ぎ方を知っている」

大学での教育を高校での教育に比較する時、(これは習うと学ぶの違いにも通じますが)学生が教室で過ごす時間が圧倒的に少ないことは論を待ちません。理系や各種の専門大学(美大なども含む)ではそれなりの拘束時間があるものと思われますが、それでも尚、先述のように、「やり過ごせる」範囲で自己裁量による時間消費の余地が大きいことに変わりありません。

これらの空き時間を学生がどのように使っているかを考えてみます。まず、考えられるのはサークルでしょうか。これも、高校などに比べて、拘束力が弱いケースが多く、複数のサークルに参加も可能なレベルです。サークルも各種あり、学内のものや幾つかの大学横断のものもあります。さらにこれに、市民サークルやボランティア団体、NPO法人などが加わり、多様性が増します。この延長線上に学生起業などもあり得ます。

勿論、バイトに励んでいる時間も多々あることでしょう。現実問題として、私の講義でも、夕刻からはじまる時間に講義を行なう学期は、学生達の数が桁違いに下がります。その殆どは、飲食店やコンビニなどの割の良い夜のシフトのバイトに励んでいるといいます。私の定宿のビジネスホテルでも、夜勤番は正社員一名に大学生アルバイト二名の体制です。さらに、資格取得などの勉強に励んでいる者もいます。所謂ダブルスクールで、司法試験や公認会計士の試験に臨んでいる者もいますし、英語を始めとして外国語を習っている者もいます。

このような場では、どのような組織構成員が待ち受けているか分かりません。学内のサークルでさえ、比較的広域から集まった年齢の違う学生が集いますが、それがボランティア団体やNPOなどに至っては、社会人との接触が非常に多くなります。バイトや資格の学校などでも同じことです。時に先輩として、時に上司として、時に学友として、社会人との接触が頻発し、社会人をも含む組織の中で身を処すことが必要になってきます。

それは例えば、そのような組織の人々と、例えば、飲み会に行った時に、どのような話題を話し、どのような風に振舞えば良いのかとか、どの程度の気遣いをしたりされたりすれば良いのかということでもあります。

このような体験を経て、大学生は組織内での階層関係とその中の自分の位置の取り方を学ぶと共に、色々な意見・考え方を受容・許容できるようになって行きます。これは高校や専門学校で豊富にできる体験ではありません。

また、このような経験を共にした人々との人脈も形成されます。人脈の形成には体験の共有、さらには苦労の共有が一番であり、大学生の講義外での活動にはそれが溢れています。帝国ホテルの地下には三田クラブと言う、慶応義塾大学出身者で会社役員のみが(高い会費を払って)参加できると聞くラウンジがあります。私もそこのメンバーであるクライアント企業の社長の同伴で何度も行ったことがあります。そこでは、全く面識のない者同士でも、卒業期の確認から、サークルや教授など共通の話題の見出しに入り、さらに、ビジネスなどの相談事に話が展開していく様が観察できます。

このような結束は、必ずしも、大学一般のものとして例とするには相応しくないでしょうが、その強弱に関わらず、何らかの学内の人間関係や、学生時代に接触のあった人物・組織との関係が存続し得る所に大学生の強みがあるのは言うまでもありません。また、仮に人脈として整理・維持されていなくても、人間は経験の束縛から逃れられない以上、多様な人間関係の中に身を置いた経験が、視野を広めることも疑いありません。前項の課題解決の基礎力と考え合わせる時に、多角的な課題へのアプローチが可能になりやすいとは言えそうです。

【以上抜粋】

四年制大学からの新卒採用者の長所を考えてみました。勿論、論点のうち、「大卒者の最大の優位点は、未来指向であること」は、AO入試による大学入学者には殆ど期待できないことになります。また、「大卒者は学習の仕方、課題解決方法を本質的には体得している」は、逆に言えば手を抜くことを知っているということですから、定型的な仕事をきちんと継続的に片付けることが求められているような職場では、四年制大学からの新卒採用の社員は、ちゃらんぽらんな好い加減な社員に成り得ます。

三点目の「大卒者は社会性が高く、組織内での泳ぎ方を知っている」などについては、この能力が養われる機会の少ない高卒・専門卒の新卒採用社員でも、特定の会社組織に2~4年も在籍すれば、少なくともその組織における泳ぎ方はある程度以上に身につけることでしょう。同じ年齢の社員を雇うのであれば、先に入社させて4年後にそのような能力が身についても、新卒大卒を雇うのと同じことと考えることもできます。

ですので、新卒採用を行なうにあたって人材の質だけで四年制大学の卒業生を選ぶべきと断ずるには、多少の無理があります。しかし、中小零細企業でも四年制大学の卒業生を新卒採用すべき理由は、学校組織の採用チャネルとしての特徴とそこに存在する学生の志向の中にも存在します。以下に四年制大学以外の新卒採用チャネルの特徴を列記してみます。これらに較べて、四年制大学卒業生の数は圧倒的に多く、効率的に採用が可能であること以上に、他のチャネルはそれ以外の理由でも中小零細企業が参入しにくいものであることが分かるかと思います。つまり、消去法的にも中小零細企業が挑むべき(一般社員の)新卒採用は、四年制大学からのものにならざるを得ないと言うことです。

【高校からの新卒採用】

高校の就職指導のプロセスはハローワークの窓口として機能しています。つまり、求人の人数分しか学生を紹介してもらうことはできませんし、選考を行なって相応しくないと判断できる場合でも、その理由が非常に妥当なものでない限り、代わりの学生を紹介してもらうことはできません。事実上、企業側に学生の選択の余地はないものと考えた方が良いでしょう。学生は学校と地元の企業との間のやりとりで就職先が決まっていくことが多く、予め地域の高校との人間関係を築いておくことが必要となります。

選べない上に、時間と労力をかけて長期的な関係を築いてやっと雇うことのできる人材は18歳の社会経験が殆どない子供同然と言うことになります。自社企業の組織内での育成に留まらず、社会人教育も合わせて行なう必要が発生することでしょう。(金銭トラブル、宗教関連トラブル、異性関係トラブルなど、自分で対応しきれない問題の発生の面倒を見る覚悟が企業側に必要だとの指摘は、高卒社員大量採用を行なっている企業の人事担当者からよく為されます。)

さらにもう一つの問題は、高卒で就職しようとする学生はなぜそのような判断に至ったかと言うことです。先述の通り、殆どの学生は何らかの進学をする中で、就職を選ぶ理由は、普通はかなりの必然性を伴うものと推測されます。現在、高校に進学しない中学卒業者は殆どいません。また、大学はAO入試などの普及と共に、事実上、最低限の経済力と意志さえあれば、誰もが入学できるようになりました。少子化の進展が過剰な大学教育サービスの供給体制を作った結果です。大学が生き残りをかけて学生の確保に走ったので、割を食ったのは専門学校です。専門学校の経営は一般に大学以上に悪化し、今となっては専門の資格などを取ろうとする本来の意味での学生に入学者が絞り込まれてきました。これは専門学校にとっては教育サービスの質の面では望ましい現象ですが、収益面では非常に厳しい状況です。

このような中で高校卒業後就職を目指す者は、端的に言うと、どのようなレベルの進学にも間に合う学力がないか、どのような種類の進学も選び得ない乏しい経済力のいずれか(または両方)である確率が非常に高いものと思われます。前者は、人材調達のプロセスのうち「人材採用」に続く「人材育成」に大きな支障を発生することでしょうし、仮に成功しても、到達できるレベルは一般に低いものとなるでしょう。後者の場合は、質的には問題はなくても、何らかの金銭トラブルや家庭トラブルなどを発生させる確率が高まります。その結果、「人材定着」のプロセスで問題が発生する可能性が考えられます。

いずれにせよ、学校との関係性ができた後なら、少なくとも「人材採用」のプロセス自体は手間がかからず進む筈ですので、「楽な採用」を目指すのなら、方法論としては意義があります。その場合には、入社後どのようにその人材を育成し、何をさせていくのかを入念に計画しておくべきでしょう。また、高卒以前に、珍しいことではありますが、中卒採用も原理的にはあり得ます。中学校からの新卒採用なら尚更この点を十分に検討すべきでしょう。中卒者・高卒者についてのこの検証すべき点は、中途採用の場面での人材の質の評価の材料にもなります。

【専門学校・工専からの新卒採用】

工専を卒業した学生の採用チャネルを考えてみましょう。中学を卒業して5年間の技術習得をしっかりと行なってきているため、技術者としてその分野・業界の企業から多数の求人がきます。また就職指導のメカニズムは通常かなり有効に機能しており、卒業生の就活状況の把握は勿論、卒業生の就職先企業への割り振りまで行なっているケースがあります。そのため、その学校からの採用の常連企業以外はなかなか入り込めず、中小企業にとっては狭き門ということができます。

専門学校も同じく高い専門性のある学校ですが、こちらは専門分野ごとに特色があり、専門性が高い電気、機械、調理、美容、建築等の学校には常に多くの企業から求人が届き、学んだ技術や多くの場合卒業段階で取得させられることとなるその分野での資格を活かして就職をしていきます。ここでも、その分野との高い合致性がある業務を行なっている企業でなくては、就職課から相手にされません。また、現実問題として、学生達も「習ったこと」を「やりたいこと」または「やるべきこと」であると、それなりの強度で信じ込んでいることが多いので、その資格なり知識なりを使うことを前提とした職務を行なわせないと動機付けが著しく低下する可能性があります。そのような部署が存在する企業が採用することが一応の前提でしょう。

専門性が低いビジネス、簿記、IT、アニメ等の専門学校においては、就職先の常連企業が定まってはいず、就職課もあまり機能していません。その意味では広く企業に採用の可能性が存在するように感じられます。しかし、あくまでも一般論ですが、これらの学校に来る学生のうち、この道に進むべく学校を選んだ学生の比率は低く、目的意識を強く持っていたり、進路検討を入念に行なう学生は少ないものと考えられます。その結果、未熟な社会認識の中、フォローする者も少ない状況で、イメージに支配された就活が展開します。つまり、不人気企業は世間相場的には訴えられる魅力が少ない以上、採用の場面において、圧倒的に不利な立場に立たされることが多いように感じられます。

【短大からの新卒採用】

次に、短期大学の学生に関しては、近年男性が増えてきたものの、まだ女性の占める割合が高く、その多くが富裕層の家庭の出身であることが特徴として挙げられます。そのため、学校の校風も清楚さや品格を重んじる場合が多く、就職先としても大手企業の事務職や接客業など女性ならではの仕事が多く、いわゆる3Kと言われる「きつい」「汚い」「危険」といった製造業やメーカーの仕事に就くことは望まない傾向にあります。楽に働けるイメージを学生が持ちやすい事務職の魅力は強く、そのために正社員としての就職は、最初から考えず、派遣OLの道を選ぶ女子学生も多数存在します。

また、少子化などの要因で経営悪化が進み、短大自体の数が、どんどん減少の傾向にあります。四年制大学への編入制度を設けたり、四年制大学への移行を図るケースが多く、特徴的なカリキュラムや一定の伝統を持つ女子短期大学などの前述のような傾向の学生を除くと、学生の母集団自体が急激に縮小しています。求職の窓口が各校の就職課やキャリアサポートセンターとなっており、一度に多くの学生に通知や求職案内を掲示してもらう場合に有効な設備が整っていることは多いものの、母数の少なさゆえに、学校訪問などを前提とする新卒採用活動の中では、非常に非効率的なチャネルといわざるを得ません。

【大学院からの新卒採用】

大学生に比較して格段に学問上の専門的知識を身につけていることが挙げられます。問題意識を持って書籍を調べ、仮説を立てて物事を考えることも慣れていますし、専門的な知識は実際に社会でも活用できるレベルにある場合が多くありますが、数が少なく、大学では就職課などよりも担当教授などの意向や人脈によって就職先が決まるケースが多いことでしょう。学生たち自身も専門分野以外の業務を選択することは少なく、中小企業にとっては活用し辛い人材であるともいえます。このような面は、四年制大学における理工系の学部の学生に関してもほぼ同様のことが言えます。

大学院からの新卒採用の問題点は、採用人材の年齢が四年制大学の卒業者とは異なるため、待遇、特に給与面での特別扱いがどこまで許容できるかと言う点でも発生します。先述のような能力的なメリットもあるものの、中小零細企業では重荷になりやすい研究や調査に特化したような部門での活用が想定できないと、単なる「人件費の高い新卒」になってしまいやすく、余程の必然性・目的性がない限り、採用の対象ではないと考えられます。

第6部:「新卒採用と中途採用」

中小零細企業ではよく、「新卒を育てる余裕がないから、中小は当然中途採用をするべきだ」と言う意見が聞かれます。このレポートでは新卒、それも四年制大学卒業者の新卒採用が一般的な中小零細企業には相応しいのではないかとの想定が為されています。この部では中小零細企業における新卒採用と中途採用の功罪の比較を行なってみたいと思います。

新卒採用と中途採用を比較して何が違うかと問うと、最初に挙げられるのは経験の有無です。社会経験の有無と言うことを指しますが、中小零細企業の場合、第2部でも述べた通り、経営の根幹に差別化を掲げなくてはなりません。差別化とは顧客のニーズを満たすための手法を徹底して追及することによって、他社が未だに実現したことのない方法論を採用することを善しとする結果、発生します。つまり、中途採用者の他社での業務経験やそこで蓄積された業務知識などは直接役にはたたないことになります。その意味で、中途採用者といえども、いえ寧ろ、中途採用者だからこそ、入社後に自社の方針や考え方を徹底的に刷り込まねばならないことでしょう。

ですので、「人材育成」の内容は異なるものの、中途採用者だからといって育成不要の入社当日からの即戦力などと言うことは先ずありえないものと覚悟すべきです。それでも、中学・高校の新卒などを除き、或る程度社会経験らしきものがあるような新卒採用を行なっても尚、単純比較すれば、中途採用者よりも新卒採用者の方が教えるべきことの量が多くなってしまうのは当然でしょうし、また、そうあらねばならない理由があります。その理由に関しては後述致します。

新卒採用と中途採用を較べて特記すべき違いはまだあります。それは採用のタイミングです。新卒採用は特に大学卒業者のケースでは一年間の間の非常に限られた期間にしか行なうことができません。1月から10月まで新卒採用は可能ですが、早く開始すれば、労多くして高位レベルの学生からそっぽを向かれるだけのことですので、採用活動のコスト・パフォーマンスが悪化します。一方で、遅く開始すれば低位レベルの学生のみが集まり、説明会は満席でも雇いたい学生は殆ど居ないような状況が発生し、ここでもまたコスト・パフォーマンスが低下します。このように考えると中小零細企業が自分の身の丈にあった新卒人材を無理なく採用することを考えるとき、それが可能なタイミングは一年のうち実質的に一ヶ月程度しかないものと分かります。これに較べて、中途採用は通年で実施可能です。これは中途採用大きなメリットと考えられます。

中小零細企業における中途採用と新卒採用に関して、「人材育成」と「人材採用」の作業の面から比較検討してみました。人材調達のプロセスでは最後に「人材定着」が存在します。定着と言うことで考えると、新卒採用者の方が定着率は一般に高く保つことができます。中途採用者は既に最低一度は職場を去るという経験をしていると考えられますので、退職することに対する不安が基本的に少なくて済みます。ですので、同じ環境下における新卒採用者と中途採用者を比較するとき、中途採用者のほうが離職率が高まることになります。

コスト全体で比較してみましょう。「人材採用」の段階では、媒体コストなどや採用担当者の人件費などを含めて考えた採用コストは、圧倒的に中途採用のほうが高くなります。イメージ的には、中途採用が外洋で適当に投網して魚を捕らえるような感じで、どこにいるか分からないものをこちらから当てずっぽうで探しに出かけるイメージ。これに対して、新卒採用は川の上流の浅瀬に群がる鮭をどんどん片っ端から捕まえるような感じで、向こうから群がり来る中から適宜捕まえるようなイメージです。具体的にコストを算出してまで比較する必要はないものと思われます。一旦入社した後の「人材育成」のコストは、前述の通り、新卒採用者が圧倒的に高くなります。しかし、その後の離職率の高さから中途採用者はトータルでコスト高になる場合もかなりあると考えられます。

また、少なくとも採用の段階だけで見ると、「リスクの高いの高い外洋漁業である中途採用」と「獲るだけなら確実に量を獲れる新卒採用」と考えられます。計画的に組織の人数を増やす必要がある場合、定着率の条件を考え合わせれば余計のこと、新卒採用の意義が強まります。

今までの議論では、人材育成の手間、採用タイミング、定着率と言った切り口から中途採用者と新卒採用者を比較してみました。これらの議論は一般によく言われていることですし、この比較に関して知っておくべき常識です。しかし、ここからは、このような個別の切り口ではなく、会社経営全体の観点から中途採用と新卒採用の意義を検討してみたいと思います。

経営とは経営課題を解決することの反復と見立てることができます。つまり、総ての経営資源は経営課題を解決するためのツールです。その場合、中途採用者も新卒採用者も経営課題を解決するために社内に取り込まれるということになります。その際に中途採用者は、職務経歴書を持参します。職務経歴書には以前の職場でどのような経験をし、どのような技術を身につけたかが書かれています。企業はその部分を自社の経営課題の解決に当てられるか否かを検討して採用の決断をすることになります。つまり、中途採用者は、今現実に持っているスキルや経験、知識が購入の対象です。嫌な言い方ですが、中途採用者は、それらのスキルや経験、知識の入れ物に過ぎません。そして、中途採用者の「中身」を評価するためには、自社の経営課題が明確に定義されていなくては、それに効く答えも決められないはずですので、入社後は何にどのように取り組みどのような成果をどれぐらいの期間で上げるのかを想定してから採用します。中途採用の面談を経営者自ら行ない、面接一回に三時間もかけるようなケースもあります。

これに対して、新卒採用者は異なります。(現実には数年にわたるアルバイト経験などを持つ者が多いですが)基本的には職務経験がないものと考えて雇い入れるのが新卒採用者です。ですので、目の前に存在する経営課題を解決させることはできません。しかし、企業経営が各種の経営課題を解決すると言う終わりなきプロセスである以上、新卒採用者には将来の各種の経営課題を解決する能力を、自社でつけさせ、将来の各種の経営課題解決に当たらせるということになります。将来の各種の経営課題は、多少「予感」することはあるでしょうが、実質、全く対応のアクションを取っていないも同然ですし、機動性や環境適応力が強力な強みとなるはずの小型の組織においては、中長期の経営予想などできない方が当り前であることになりますので、想像できないのが当然と言う考え方もできます。と言うことは、中小零細企業の新卒採用者は、その組織に対する思い入れや忠誠心をベースに将来迫り来る経営課題に対して対応する基礎的能力と覚悟を要求される人々であると言う考え方が成り立ちます。

このような比較を考える時、
「中途採用者は眼前の課題の解決を目的として既存の能力を購入するために採用するので、人材採用の段階の「選考」を厳しく行ない、経営課題と能力のマッチングをきちんと評価することが前提」であることが分かります。

一方で、
「新卒採用者は、将来の発生するであろう各種の課題に対応する能力を企業自身が自由に備えさせることを目的として人材自体を購入するものですので、入社後の「育成」が新卒採用の成功のカギ」であることが分かります。

つまり、中途採用と新卒採用は、どのような経営課題をいつまでにどのように解決していくのかと言うことによって選択するべき、経営課題解決の手段の選択肢と言う風に見ることができるということです。

第7部:「中途採用の実際」

中途採用者の調達のカギである「選考」のプロセスについて考えてみましょう。中途採用者を採用するとなると、その場は「一般労働市場」か「特殊労働市場」です。「一般労働市場」は、そもそも「質の低い人材の吹き溜まり状態」に近くなっていますので、特定の経営課題を意識はするものの、例えばアウトバウンドのコールセンターの立上げに当たって「電話におけるコミュニケーションの経験が多く、説得能力が高い」などのような特定項目のスキルなどを条件として選考を行なうことになるでしょう。

具体的には、媒体の選択や打ち出しで大まかな選考の機能を果たさなくては、面接の負担が大きくなります。ハローワークや新聞広告、チラシの配布、求人誌・求人紙、ネットの求人情報を利用するといった具合に方法は多種多様にありますが、中でもハローワークでは一様に同じ掲示の仕方で、募集する側の差別化ができないうえ、求職者に経済的負担がない公の機関ということでかなりレベルの低い人材も混入しているため、自社に合った人材を探す場所としては成果は限定されることでしょう。

また、新聞広告やチラシの一般の求人広告もかなりターゲットを絞って見せ方を工夫する必要があります。また、ターゲットを絞り込んだ以上、単なる見せ方のみならず、実際の採用条件(給与や待遇などの条件)を、特例的に既存社員よりもあげるなどしなくては、ターゲットとして成立している応募者を十分な数集められない事態も発生しえます。応募者を十分に集めるまでに試行錯誤をしながら、つまり、コストをかけて、何度も工夫を重ねた媒体広告を打つ必要が発生することもあります。

そのようにして応募者を集めた後、その質をさらに篩いにかけることになります。自社の状況や経営課題の内容を十分に伝えた上で、課題解決の取組みをどのように行なう考えかを口頭でも文章でも何度も表現させるぐらいのことが必要でしょう。応募段階でウェブなどに選考のための課題を提示しておき、その答えによって選考するなどの方法も可能です。

原理的には、このような面倒なプロセスを代行するのが、第4部で説明した人材紹介会社と考えられます。勿論、その際に述べたように、基本的には人材紹介会社にとって中小零細企業は嬉しい顧客ではないため、人材紹介会社の活用にはそれなりの準備が様々な面で必要になります。しかし、特定の業務分野での専門家を採用したいなどのニーズが経営課題として組織内に存在するのであれば、敢えて臨む価値はあるものと思います。
例えば、ISOの取得準備を進めたい、上場準備を進めたい、海外との取引を開始したい、物流ネットワークを自社で構築したいなどのようなレベルの担当者募集と言うようなイメージです。

人材紹介会社の担当者に細かい要望を伝えれば伝えるほど、マッチングの率が高くなるといえますが、人材紹介会社が利益を得るシステムとして、採用が成立することで企業から支払が発生するため、あまり希望する人材の条件を絞り込むと、人材紹介担当者にとって利益を得にくい案件となってしまい、積極的に紹介をしてもらえないという現状があります。また、中途採用の人材が次の職を決めるまでの期間は最長でも三ヶ月程度と考えられるため、人材紹介会社も次々とマッチングを行なう必要があります。できれば間口の広い大手企業や採用条件の緩い企業に早々に人材を送り込んだ方が、経営上の「回転率」の向上に繋がります。人材紹介会社の利用には関係性の構築が必須であることが理解できるものと思います。この関係性の構築が可能な範囲で、並行して複数の会社からの紹介を求めることも、特にコストがかからず実行することができます。関東圏だけでも数千の人材紹介会社が存在しますので、専門性がそれなりに高い人材であれば、10社や20社にアクセスしてみる方が望ましいでしょう。

さらに専門性の高い、または重要な、組織内の課題解決を目的とした採用を行なう場合の方法論としては、スカウティングサービスがあります。これは、自社の中で現在、または今後必要な技術を明確にした上で、その技術を持っている人材を探し、直接声をかけて採用するという手段です。このサービスを専門に行なっている人材紹介会社も多く存在し、他社で働いている人材のデータを使って、スカウトを行ないます。当然ですが通常の人材紹介よりも高い報酬が要求されます。

また、それほど高くない一定の質を持つ人材を相当数早期に集めたいような場合には別の人材紹介会社活用方法があります。例えば、飲食店の店舗展開を急激に行なうので、店長経験者を20人ほど、三ヶ月以内に採用したいと言うようなケースです。この場合には複数の人材紹介会社ではなく、特定の人材紹介会社に、採用代行を依頼するような形も取れます。この際、人材紹介会社の内部には、採用プロジェクトが立ち上げられ、選任の担当者がつけられることも多くあります。このような場合は固定額の支払と成功報酬を組合わせた条件設定が必要となります。

第8部:「現場力の向上に生き残りを賭けるなら新卒大卒採用」

このレポートでは、終始、中小零細企業と言う言葉を使ってきました。この想定はどのような企業かと言うと、オーナー経営者(一般には創業社長)が率いる株式会社または有限会社で、大体、正社員数で50人程度が勤めています。拠点数は最大でも三ヶ所程度。特にベンチャー企業のような特殊なビジネスモデルも持ち合わせていませんし、独自性の高い製造技術を特許などで持っている訳でもありません。詰まるところ、所謂、世の中の中小零細企業です。

このような会社を想定している本レポートが、四年制大学からの新卒採用を採用の機軸に置くべく説明を展開していることに、違和感が湧くことと思います。本レポートでは、このような組織だからこその四年制大学からの新卒採用だと考えています。

小規模の組織でも、先述の「特殊なビジネスモデルを持つベンチャー企業」や、「独自性の高い製造技術を特許などで持っている企業」は、新卒採用の必要が余りありません。前者の企業群はファンドやベンチャーキャピタルなどがバックについていて、基本は急激な成長によって、IPOを目指すなどの形になりますので、潤沢な当初資金を背景にその場その場で必要なスペシャリストをどんどん採用して、がむしゃらな成長基調を維持しようとします。

後者は、研究開発や新規装置への設備投資などが利益性を確保する最大の武器ですので、通常高い利益性から生まれる潤沢な資金は、そのような用途に惜しげもなく投じられます。新卒採用を行なうことは多々あることでしょうが、主に理工学部の学生や大学院卒の学生を採用するので、特定の大学の特定の学部の教授との人脈などによって、新卒採用が行なわれることでしょう。また、中途採用もその研究分野や業界などからの口コミや場合によっては人材紹介会社経由、それもスカウトなども視野に入れた採用を行なっているものと考えられます。研究職や技術職、さらに技術セールスなどの分野以外の社員は、フリーペーパーレベルの中途採用で十分です。

これらの会社に共通するのは、潤沢な資金をヒト以外の経営資源に対して投資することで成立していることです。このような会社では新卒採用は必要ありません。それでは、このような企業以外の、中小零細組織は、なぜ四年制大学(の非理工系学部)からの新卒採用を行なうべきなのでしょうか。二つの論点があります。

【オーナー経営者が率いる小規模組織におけるヒトによる差別化】

オーナー経営者が率いる中小零細組織で、ヒトによる差別化が経営の根幹にあることが先ず一点目です。先述の二タイプの企業群の共通点がヒト以外の経営資源に対する投資でしたが、ヒト以外の経営資源に特に秀でたものが見つからず、ヒトによって大手と伍して差別化を図って生き残ると言う戦略を採用している、または採用せざるを得ない会社と言うことになります。

例で解説しましょう。中小製造業で、最新鋭の設備を入手したところで、大手企業は(その設備の活用により開拓できる)市場を見出す限り、すぐ追随してくることでしょう。そこで、特定分野の商品群・材料群・顧客群などに絞り込んで、その設備を柔軟に使いこなせるようなノウハウを、まず、何人かの技術者で弄繰り回して確立します。その後、それを徒弟制的な集中教育の仕組みで一般工員に広めつつ、標準化し、さらに、その工員らの現場力を引き出しながら、段取りや工程の見直しによって、利益率の向上を図るなどの施策がとられます。

これをまとめると、
★ 教育・育成などの徹底による、ヒトの質の向上の実現
★ その結果のヒトのスキルとマンパワーの特定課題への集中投下
★ さらに、それらのヒトを活用する仕組みの実現
と言うことになるかと思います。

上述の例は比較的分かりやすい製造業でのケースですが、例えば小売業などでも実質的には同じです。小売業の店舗がお客様の囲い込みのために、まともなCRMなどを購入して顧客管理などを行なうことができないので、紙製のポイントカードと顧客カルテを用意したとします。この二つの仕組みを使うように、店舗ではアルバイト・パート社員などに徹底的に教育を行なうことでしょう。その結果、カルテの数は少なくても、かなり緻密な現場・地場に密着した顧客情報が集まることとでしょう。

そうなると、祭事だろうと、季節売れ残り商品のセールだろうと、期末だろうと、売上不足のタイミングでは、必ずこの原始的、しかし、有効な顧客データベースを活用して、解決を図ることになるでしょう。そのためには、きちんとしたDMが作成できる社員や入荷した商品知識が豊富な社員、顧客のデータに基づいた接客が得意な社員、こういったスキルが芽生えかけた社員のパターンが見つかるたびに、それを雛形にして社員教育を水平展開してゆくことになり、どんどん原始的な仕組みの活用が推進され、その結果、差別化が寄り強固なものになって行きます。この店舗では、ホスピタリティもインストアマーチャンダイジングも、原理は一応理解されても一般論や他社事例は必要ありません。すべてはポイントカードと顧客カルテを活用することだけから事実上、生まれるのです。

ですので、社員が気を利かせて、「社員の動機付けアップに、コーチングを試してみましょう」などと提案しても社長は耳を貸しません。そのようなことをするよりも前に、顧客カルテの中身を覚え、顧客との親密な関係を築くことが先ですし、そのような中から「仕事の面白さ」と言う最高の動機付けが生まれると社長は考えているからです。社員が「同業他店を観察して回れば、色々ヒントが生まれます」などと言おうものなら、「同業他店はカルテを使っているか。同じ仕組みが他店にない以上、他店から学ぶものはない」と社長は断言するでしょう。

オーナー経営者は会社の持ち主であり、且つ経営のトップでもあるので、事実上全能の神のようなものです。ですので、朝令暮改は当り前とばかりに、他社が歩まない道を敢えて選ぶ中に生き残りを模索します。このような中で発生する経営課題も前例がないものや、非常に特殊なものが多くなります。このような時に、その経営方針を理解してついて来る者を、外部企業から採用して納得の上、勤務させるのは大変です。それであれば自社の文化に染め上げた方が早いことでしょうし、大体にして利益性がそれほど高くありませんので、入口段階でコストが大きい中途採用には困難が伴います。中途採用者ばかりで固めたときに、離職率が上がってしまうのも、ヒトによる差別化を行なっていくには不向きです。このように考えると、少なくとも中途採用よりも新卒採用のほうがこのての会社に向いていると言うことが言えます。

【ジェネラリスト育成の必要性】

四年制大学(の非理工系学部)からの新卒採用を行なうべき、もう一つの理由が、ジェネラリスト育成の必要性です。前述のように、想定している中小零細企業には、主だった目に見える技術や情報がありません。それが特許なら法務に強い人間がそれなりに必要になりますし、輸入貿易なら貿易実務や海外との販売契約に詳しい人間が必要です。また、重要で特殊な設備などもそれほど存在しませんので、専用のメカニックなども必要ありません。つまり、専門家が必要ない組織なのです。極端な言い方に言い換えると、フツーのヒトによってのみ構成されている組織なのです。

さらに、規模が小さいと言うことは、セクト化が為されていません。部門・部署が未分化ですので、一人の社員が様々な業務をこなさなくてはなりません。事務OLとして入社して、勿論、電話を受けたりもしますが、その電話の内容も発注もあれば受注もあり、コピーや備品関係の業者からの電話もあれば、社長の愛人からの電話もあるというような状態です。さらに出荷が忙しくなると商品の梱包も行ないますし、場合によっては、業務用車に乗って簡単な配達ぐらいには行かねばならないこともあります。さらに、「本を読んで、ホームページ作ってみて」などと言われたり、仕事は膨大な定型業務と予想もつかないような非定型業務が混在する状態です。

このような場合、組織の構成員を職掌によって分類して育成や分担を決めるべきではありません。誰もが何でもできる状態を作る方が、組織の運用効率が上がります。セクト化もされていませんので、部門間の調整を行なう必要もありません。組織が小さければ、オカミの色々な規制に対応する必要性もぐんと下がります。つまり、色々な意味でのペーパーワークが最小限で済みます。

このように見ると、専門家、つまり、専門の技術によって仕事をしている人、さらにもう少々レベルを下げて、特定の業務を職掌としている人が、大手企業などに較べて、極端に不要な組織であることが分かります。この専門家を通常、「スペシャリスト」と呼びます。逆に、組織内の様々な業務をこなす能力や知識を持ち合わせている社員を「ジェネラリスト」と呼びます。組織は通常、ライン部門とスタッフ部門に分けられます。ライン部門は直接収益を上げる部門で、営業や商品開発、製造などの部門がこれにあたります。スタッフ部門は直接収益を上げない部門で、例えば、総務・人事・経理などは皆スタッフ部門です。ただ、このような定義の仕方をすると、スタッフ部門は如何にも組織の寄生虫の如くです。厳密に言うなら、ライン部門は売上を作り、スタッフ部門は利益を作ると言う風に表現したほうが良いかもしれません。

スペシャリストは特定の能力・技術に秀でている人々ですので、一般的にはスタッフ部門に多く存在します。スタッフ部門の主な機能は、「計画」、「標準化」、そして、三つ目がある説とない説がありますが、三つ目を上げるとしたら、「調整」です。日々の数字に追われて(差別用語と言う話ですが)近視眼的になりやすいライン部門を補い中長期的な、俯瞰的目線で計画を立てる「計画」機能。効率的な仕組み、法律に準拠した仕組みを組織内に普及させる「標準化」機能。そして、複数の部門(特にライン部門)間の利害調整を全社単位の視点で調整する「調整」機能。これらは、大手企業になればなるほど必要になるため、通常、大手企業になればなるほど組織全体に占めるスタッフ部門の規模の割合は増大します。(単純に組織の母数が大きくなったからスタッフ部門人員の絶対数が増えるのではなく、割合ごと増えるのです)

ここで考えてみると分かるのですが、このようなスタッフ部門の機能は、本レポートで想定するオーナー経営者率いる中小零細組織には必要ありません。と言うことは、想定組織の社内はジェネラリストで殆ど満たされており、あれもできればこれもできる社員が求められていると言うことになります。そして、朝令暮改の営業方針の中では定型業務は限定されます。ここで思い出して戴きたいのは、四年制大学卒業者の「学習の仕方、課題解決方法を本質的には体得している」と言う特性です。これがモノを言うことになります。また、「社会性が高く、組織内での泳ぎ方を知っている」ことも、オーナー経営者が、一見我儘放題に見えるようなことを言い出す組織の中でも適応していきやすいと言うことにつながるのです。

このように考えると、ヒトによる差別化を図る中小零細企業においては、中途採用よりも新卒採用がコスト的にも経営方針的にも望ましく、新卒採用を行なうのであれば、資質の面からも、採用の容易さからも、四年制大学からの新卒採用が、長期的に見て組織を形成してゆく上でメリットがあると考えられます。

第9部:「非正社員の調達」

本レポートにおいては、中小零細組織における、差別化された営業方針を支え得る正社員の採用を前提として、四年制大学からの新卒採用を中心に据えて説明してきました。一般に中小零細企業では、「即戦力を求めて」、または「即戦力幻想に犯されて」、中途採用を志向するケースが多く見受けられますが、第6部で述べた通り、中途採用は眼前の経営課題に対応することが主眼で、コストが結果的には高くつきやすいデメリットがあります。

それであれば、同じ眼前の経営課題に対応するのでも、いっそ、正式な「採用」を考えず、つまり、「雇用契約」にはよらず、人材を調達する方法論を検討する価値もありそうです。雇用契約の範疇には、正社員、パート、アルバイト、有期雇用契約(1~2年などの期限を決めた形で採用される正社員)などの雇用形態が含まれます。これ以外の就労形態の労働力を受け入れる、大手企業では当り前の方法論も検討には値すると考えられます。

では、大手企業の職場の働き手を縛る契約にはどのようなものがあるでしょうか。具体的には、上述の正社員・パート・アルバイト・有期雇用契約社員の四種は企業が直接雇用の契約を行なうことによって就労しています。労働基準法では労働者を「職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定義しています。すなわち、事業に使用され、賃金の支払いを受けているとみなされる者は、労働法による保護の対象となる労働者とされ、この労働者と結んだ契約は労働契約(=雇用契約)と言うことです。

自社が自社の事業に使用すれば、雇用契約の対象者として、その働きぶりの如何に関わらず、就業規則に則った待遇をしなくてはいけません。当然、賃金は払わなくてはなりませんし、休みも与えなくてはなりません。就業規則は労働基準法の枠の中で成立している筈ですので、それを遵守すれば、そのまま労働基準法を守っていることになります。そして、労働基準法は、その成立の時代背景から、労働者を資本家に搾取される取るに足らない存在として想定しているので、徹底して労働者の権利を守る立場を取ります。

それでは、自社よりも悪い条件で働くことに合意して他社と雇用契約を結んでいる労働者を自社の業務に就かせることができたらどうでしょうか。これが、企業が直接雇用契約をしないで労働力を得るための第三者との契約形態と言うことになります。具体的には、派遣契約、業務請負契約、業務委託契約の三つがあります。いずれも、基本的に何らかの業者との契約が前提となります。(つまり、その業者が雇用契約を結んでいる人々を使うと言うことです。)

【派遣契約】

労働者の派遣を行なう派遣会社との派遣契約により、派遣社員を受け入れ使用すると言うことです。派遣会社は、労働力(の質ではなく量)の器としての登録社員を派遣する形となっていますので、スキルなどを基準に受け入れ側の会社(派遣先)が派遣社員を選別することは法律違反です。労働基準法に強くリンクしている派遣法にも、工場労働者の如くスキルや個性を無視した労働基準法的発想が根付いています。

派遣先の企業は派遣会社に、派遣社員の給与に法定福利のコストや通勤コスト、管理コストを上乗せし、さらに派遣会社の利益を含む金額を支払います。これが時間割になって派遣社員の労働時間をベースに計算されます。派遣会社としては、派遣社員の総労働時間が収益の唯一無二の算定根拠ですので、派遣社員の労働時間をシビアに管理します。派遣社員は、派遣先の職場の指示命令に従うこととなっています。しかし、先述のような計算の結果、派遣社員の時間当たりのコストは通常同じ職場で同じ作業をさせることにしたアルバイト社員の二倍近くに成るはずですので、(勿論、管理コストや派遣会社の利益分以上に、法定福利などのコストの方が大きいのですが)そう簡単には残業や休日出社を指示することができません。さらに派遣法では派遣業務の対象になる職種を細分化しており、法律的にはそれ以外業務に使用してはいけないことになっています。つまり、ジェネラリスト的な使い方はできないということです。

派遣会社は、派遣先企業に請求を立て、売掛金を回収するのですが、それよりも先に労働から一ヶ月以内に派遣社員に給料を払わねばなりません。つまり、売上が拡大するほど、キャッシュフローはどんどんマイナスになると言う事業構造です。ですので、与信の管理には非常にシビアで、与信調査の結果が低い企業にはサービス提供を渋ります。中小零細企業は一般に与信調査結果さえそろっていないことが殆どで、あっても、規模が小さいだけでかなり減点されますので、ろくな評価にはなっていません。さらに薄利である人材派遣事業(時給一時間あたり百円程度などの粗利と言うこともありえます)では、大量に人を派遣できるクライアントが儲かるクライアントです。ですので、規模が小さく与信が心許ない中小零細企業は、元々鬼門であることは間違いありません。

中小零細企業が派遣会社の事業構造を考慮してでも、派遣会社と付き合う必要がある場合は、月々の支払を前払いすると言う方法があります。それでも、条件的には時給は(本来、自社社員でも同じ構造なのですが)馬鹿高く見え、柔軟に使いまわすこともできず、休みも与えなくてはならないという派遣社員ですから、予定が立てられる特定の爆発的な量の業務(、例えば、年度末の伝票整理などのケースはよく聞きます)などへの適用など、十分に計画することが必要でしょう。

ただ、後述する残り二つの契約形態とは異なり、自社が管理監督する立場ですので、自社の現場で発生する各種の問題や状況の変化を直接把握する余地が残っています。例えば、お客様の購買行動の変化などを営業事務の派遣社員を通してでも関知することは可能ですから、正社員が当たる場合に較べて、派遣社員を使っても、現場力自体は、(原理的には)衰えることがないのがメリットかもしれません。

【業務請負契約】

これは第三者の会社(請負業者=アウトソーサー)に、自社の業務を請け負わせるものです。請け負わせる業務は何でもありです。形態も様々で、アウトソーサーの社員がアウトソーサーの会社で仕事を行なうこともありますし、アウトソーサーの社員が発注元の企業に出向いて来て業務を行なうことも在り得ます。アウトソーサー自体も、個人であることもあれば、正社員を抱える会社であることもあれば、会社本体は数人の社員で運営されていて多数のアルバイトなどを抱えているケースもあります。

業務請負契約の基本は成果がはっきりと決められていることです。例えば販売を業務請負するのであれば、特定の売場でいくつ特定の商品を売るなどの業務を担当させると言う形です。大手量販店などでレジ業務をアウトソースしていることがありますが、その場合、売上の現金が記録と食い違った際の対処(埋め合わせと言うことですが)などまで責任範囲に入っていることになります。当然ですが、派遣契約と異なり、管理監督、指導などの責任もすべてアウトソーサー側にあります。それは発注元の会社の現場でアウトソーサーの社員が働くケースでも同じで、発注元の会社の社員が指示を直接することはできません。

アウトソーサーは、請け負った業務が可能な限り低いコストで達成されると旨みが出ます。ですので、アウトソーサーの仕事に就く労働者は、(本来アウトソーサーと雇用契約をしている筈で、労働基準法の対象になっているはずですが)劣悪な労働条件下で働くことが多く、社会問題にさえなりました。大手企業では、この「不透明さ」を嫌って、自社グループ子会社などを通して業務請負を活用し、自社で直接アウトソーサーと契約しないようにしているところも多く見受けられます。大手企業が業務請負契約を派遣契約と使い分けて必要となる理由は、派遣契約と異なり結果責任を相手側に持たせることができること、そして、作業量に比して人件費が低廉に押さえ込めることでしょう。それはアウトソーサーが効率的な専業としての業務プロセスを持っているなどの理由よりも、上述の低賃金が理由であることが多いでしょう。

大手企業が業務請負契約を必要とする理由の一つは、業務請負にすると支出が会計上「人件費」のカテゴリーにならないことにもあります。大手企業においては外形標準課税制度で、人件費をベースに課税されることになっている企業が存在しますが、そのような企業では「人件費」に計上されない人件費の存在が節税につながると言うことです。「派遣社員の給料は、消費税の発生する人件費。アウトソーサー社員の給料は、印刷を頼んだのと同じ外注費用」と言われる所以です。

自社に現場運営ノウハウが残らなくても良く、定型的で質があまり問われないような作業・業務がまとまってある場合、または、一定の質を求めるのであるなら、自社の他の業務との関連性が少なく恒常的に存在する比較的高コストの作業・業務などの場合。これらに該当する場合にはアウトソーサーの検討は価値があるものと思われます。

【業務委託契約】

業務委託契約は、発注元が管理監督を行なわないことや、運営の形態が多種多様である点において、構造的には業務請負契約と一緒です。違う点は、成果が伴う形の作業か否かと言うことです。成果がはっきりしない作業、例えば事務処理作業などを第三者に任せる場合に業務請負とは呼ばずに、業務委託と呼ぶと考えればよいでしょう。

業務請負が本来、建物の建築工事などのように結果責任が伴う前提であるのに対して、業務委託は業務の遂行責任を負うだけです。中小零細企業での活用の考え方は業務請負契約と同じと考えてよいでしょう。

新卒社員に近い社員を調達する手法としては、上記の契約面の分類とは異なり、形態の分類から、インターンシップと紹介予定派遣が存在します。

【インターンシップ】

インターンシップは、日本では多くの場合、無給で学生に企業で就労体験をさせると言うものです。本来大学などでゼミなどの単位で(つまり教授の人脈レベルで)企業に斡旋されていましたが、関東圏・関西圏を中心に、「インターンシップ業者」も目だってきました。大手企業においては、就活前の学生の青田買いに打って付けの手法であるため、これらの業者に宣伝費を払ってインターンシップの学生の誘引に注力している企業もあります。インターンシップ業者は、そのような学生の研修を請け負ったり、入社に至った時点で何らかの報酬を得たりなどの形で、収益を発生させています。

一般に無給である日本のインターンシップの構造では、学生の意向がインターンシップ先の選定にそれなりに反映されますので、無名の中小零細企業では、選別の俎上にも載らないことになります。地場の大学の教授などとの人脈が作れれば、円滑な展開は可能でしょう。大手企業が行なう社員の出身校での一本釣りのような形で、採用実績のある大学に対してインターンシップをもちかけてみる手もあることでしょう。勿論、その場合は、相手の学部やその教授に、小さくても魅力のある企業と写ることが絶対条件です。

【紹介予定派遣】

紹介予定派遣は、人材紹介と人材派遣を組み合わせた形ではあるものの、法律上は、組合わせ技ではなく、「紹介予定派遣」と言う独立したサービス形態と定義されています。契約上、取り決めた期間派遣形態で(多くの場合)若手人材を企業に派遣し、就労させると同時に評価を行ないます。それで正社員にしても良いと判断された者のみ、人材紹介の形で企業が「買い上げる」というしくみです。「とりあえず、派遣にしておいて、先の約束はなく、偶然、良い人間だったので人材会社にミカジメ料を紹介手数料として払った」と言うことがあったとしても、これは派遣と紹介を結果的に組合わせたもので、紹介予定派遣ではありません。

通常、紹介予定派遣は人材派遣会社にとって一般の派遣事業以上に薄利であると言われます。その状況下で、大手志向で派遣会社に登録した学生たちに対して中小零細企業の選択肢がどのように見え、どのように説明されるかは、想像に難くありません。その意味で、中小零細企業が検討する価値の低い選択肢ではあることでしょう。就活をどこかの時点で投げ出し、自分の社会人人生の第一歩を踏み出す場所を選ぶ作業を、アカの他人任せにできるという時点で、学生の質が分かると言う考え方もあります。

第10部:「マーケティング発想による四年制大学卒業生の採用活動の原理と事例」

第8部の冒頭にて、本レポートが想定する中小零細企業の組織モデルを説明しました。そして、既に第1部で企業は組織維持のために毎年全構成員数の約一割程度を新たに採用する必要があると述べました。仮に想定通りで50人規模の会社であるなら、平均毎年5人のペースで採用が必要と言うことになります。さらに一般的な若者の入社後三年間の退職率を仮に三割と想定すると、毎年5人雇ったうちの1.5人。二年で3人が辞める計算になります。つまり二年分で7人の増分となり、自然減だけなら、50人の2.5%の二年分で2.5人の減少を大幅に上回ります。実際には、新入社員の早期退職分と定年退職の分以外にも何らかの理由で退職は出るものと思われますので、二年間での残る4.5人の増分もかなり相殺されることでしょう。

イメージとしては、想定する会社組織の「人口」の増減は以上の通りです。この組織には、第8部の説明通り、スタッフ部門のような組織分化は殆どできていませんので、人事部もなければ、人事担当者がいたところで、社長直轄の社員が一名程度で、良くても人事担当(つまり、採用、育成、定着、労務管理は勿論社員旅行の企画まで担当していると言うことです。)、場合によっては、人事よりさらに大括りで総務人事などの職掌になっている可能性もあります。このような担当者が一人で新卒者の採用を行なうのには無理がありますので、ライン部門の人間から数人を充当し、プロジェクト形式で採用活動を行なうことになります。

新卒採用だけで組織の人員を増やすと考えると、中途採用の場合よりも中長期的には離職率が押さえ込まれると思いますので、毎年の採用は4~5人ぐらいの範囲で多分十分でしょう。この数を採用するとすると、リクナビも必要なければ、新卒学生を扱う人材会社(先述のインターンシップ業者もその中の一種です)などの手助けも必要ないでしょう。これで、基本的には外部に支払う金が一銭もかからない採用活動が実施できます。

第4部で述べた通り、新卒労働市場では、マッチングが人気の度合いの高い企業の求人と優秀な学生の間で始まるのが1月。その後、徐々に求人企業の魅力と休職学生の質が低下して行き、10月段階でその年の最低レベルの組み合わせまで低下します。或る企業が無名の中小零細企業だったとして、一般に早くに求人活動を開始すると、人気企業の求人に埋没して、コスト・パフォーマンスが大きく減じます。つまり、労多くして実入りが非常に少ない状況に陥ります。

また、この期の学生を無理に採用すると、二つの理由から、禍根を残すことになります。両方とも組織の身の丈に合っていない学生を無理に囲い込もうとした結果ですが、一つは、早めに内定を出す結果となる訳ですから、翌年4月の入社までの長い期間、内定者を囲い込むためのコストが大きく発生すると言うことです。勿論、コストをかけてでも囲い込めればまだしめたものですが、コストをかけて囲い込む努力をしても、内定辞退者が続出するようでは、お話になりません。二つ目は、仮に入社させることに漕ぎ着けたとしても、先輩社員が無能に見えるぐらいの社員の質の場合、ほぼ定着は無理と考えるべきでしょう。

ものの本によると、新卒社員は既存社員の3割増以下の範囲の質を意識して採用すべきと言う風にかかれています。しかし、無名の中小零細企業で、典型的な不人気企業を考えた時に、入口の段階では既存社員の中の上三分の一ぐらいの質感の一割引ぐらいが適切であるように感じられます。その質を伸ばすのは定着も並行して行ないつつ実施する「人材育成」のプログラムによるべきであると言うことです。

この自社に無理なく採用でき、且つ、他社の求人票に比して自社の求人票が見劣りしないタイミングは、第4部でも述べた通り、1月から10月の間で、最長でも一ヶ月程度しかありません。それを越えると、今度は学生の質が急激に下がります。たった4~5人しか雇わない予定の中で、望ましくない質の学生が一人混じるだけで20%以上の質の低下となります。このような事態は極力避けるべきだと思われます。つまり、実際の採用プロジェクトの期間は、説明会実施期間が事実上、一ヶ月弱。その前に仕込やら学校訪問をするので二三ヶ月。さらに2次面接ぐらいまでは何かと手がかかりますので、さらに一ヶ月程度。合計で最大五ヶ月の期間と言うことになります。

社長若しくは若手幹部を中心とした合計4人程度のプロジェクトが良いでしょう。(仮に5人の業務量の半分を投じたとしたら、組織全体の本来業務処理能力の5%を投じることになってしまいます。これでは本来業務の圧迫度合いが大きすぎると考えられるからです)会社紹介のチラシやポスター、会社説明会の開催案内などを自前で用意します。これを自社から近いことだけを条件に選んだ大学で30校程度に、手渡しまたは郵送で届けます。30校の目安は特にありませんが、プロジェクトの4人で手渡しを20校程度に行ない、あとは10校から20校程度に郵送して電話フォローを行なうとかなりの作業量になります。学校を増やせば、それだけ作業量も増えていきますので、取り敢えず、30~40校程度を想定します。単に訪問、郵送、電話かけと言うだけではなく、学校リストや訪問マニュアル、電話かけマニュアルなども作成する必要があります。無論、学校に提供するツールも練って作成する必要もあります。そこに載せるべき内容のコンセプト決めから、デザイン、写真撮影など作業は色々とあります。

また、自社のサイトがその時点であるか否かにもよりますが、基本は会社説明会の申し込みはサイト経由の方が、学生の情報をテキストデータで確実に収集できるので便利でしょう。サーバ状況などによって多少不安定になりますし、SSLなどの情報保護もできませんが、取り急ぎ、ジャバ・スクリプトのエントリーフォームを用意すればよいでしょう。勿論、そこに至る採用関連のページも1~2ページは必要でしょう。このサイトの準備はポスーなどのツール類が学校に到着するタイミングまでに完了している必要があります。これも当り前ですが、サイトにもポスターにも会社説明会の日時や場所が掲載されている訳ですので、それらも内容まで踏み込まないまでも大枠で決めておく必要があります。

会社説明会は、マッチングのタイミングやその年の景気などによって大きく参加者数が変化するため、必要な人数がほぼ集まるまで繰り返すことになります。不人気企業が無理をして学生を集めるとろくなことになりませんので、説明会参加者のうち2割~3割は内定を出すぐらいの考え方でよいものと思います。仮に3割に内定を出すとしたら、5人の内定者確保のために、17人程度を説明会に集めればよいことになります。毎回4人ずつ参加者を来させられるなら、4~5回説明会を開催することになります。

ここで、数字的なことを説明しておく必要があります。5人を採用しようとして5人に内定を出すと言うことを大手企業はしません。大体、採用予定数の3割増から多い企業では2倍以上の内定を出す場合もあります。学生達もそれを見越して、内定を幾つも集めて、その中から好きな(まさに感覚や好みでしか選んでいません)企業を選びます。

内定者は内定を辞退できても、企業は内定を取り消すことは原則的にできません。ですので、このような価値の低い、浮ついた内定ゲームに中小零細企業が巻き込まれるわけには行きません。仮に5人雇おうとして、3割増を意識して7人に内定を出した場合を考えましょう。その結果、偶然7人全員が入社を希望したら、新卒採用者の人件費がいきなり4割増です。これは50人企業としては許容できない事態でしょう。ですので、中小零細企業の採用方針としては、内定者数イコール採用予定者数です。つまり、逃げない候補者を見つけ出す作業と言うこと他なりません。

逃げない候補者探しと言うことから、中小零細企業の採用方針はほぼ決定です。会社説明会でも、SWOT分析の結果から自社の魅力を徹底して打ち出し、自社を好きになってくれる人材を選ぶと言う考え方です。能力だの資質だのは二の次と覚悟するべきでしょう。なぜなら、新卒採用者は育成によって将来発生する(まだ見ぬ)課題に対応させるために採用するのですから。採用プロセスの初期の段階、説明会段階程度で、殆どの選抜を行なってしまい、それ以降の面接のプロセスでは選抜よりも動機付けの色彩を濃くしてゆき、逃げない予定者を絞り込むように採用プロセスを設計することになります。

詳細は割愛しますが、このような方法論を使えば、原理的には50人組織、若しくはそれよりもさらに小さな組織でも、外に対する出費は基本的にない状態で短期決戦の状態で新卒採用ができます。(五ヶ月に及ぶ作業は短期決戦ではないと思われるかもしれませんが、大手企業は丸々一年間ほぼぶち抜きで採用活動を行なっています。また本レポートにおける想定では、外部から見た事実上の採用活動は学校訪問から会社説明会までです。その期間は実質一ヶ月半程度しかありません。残りは準備期間や絞り込まれた採用予定者の動機付け面接だけのことです。)

労働市場で不人気な中小零細企業の新卒採用の鉄則を上述のような想定に基づいてまとめてみると、概ね以下の様になります。

● 自社の育成能力を考慮して、
募集する学生の質と入社後1年程度の質のイメージを明確に持つ。
● ターゲット学生が「発生する」大学と、その発生時期を見極める。
● 物理的距離などの条件から、ターゲット大学を絞り込む。
● ターゲット学生の質から、ターゲット学生に訴求するポイントを明確にする。
● ターゲット学生への訴求ポイントを表現できるツールを躊躇なく設計し、用意する。
● ターゲット学生の「発生する」時期に集中して人員を投入する。
短期決戦を目指し、逐次投入・深追いを極力避ける。
● ターゲット大学の就職課担当者のマインドシェアを引き上げる方策を実践する。
● 最終入社予定者に対して、
説明会参加者人数を10倍以下に設定し、多数の学生を集めることを指向しない。
● 学生の質よりも、自社に対する共感度やロイヤルティーによって選抜を行なう。
● 集めた学生に対して選抜は極力早期に終え、動機付けに早い段階で移行する。
● 内定は乱発しない。
● 常に親の指向を意識し、親の理想イメージに合致する情報発信を行なう。
● 内定者の囲い込み段階では、実労働体験を通じてその価値や意義を説明する。

以上が、本レポートの提示する不人気中小零細企業の新卒採用方法の原理ですが、クライアント企業によっては、自社の目的を果たすべく、マーケティング原理に基づく各種の試みを行なっています。その方策の例を実際のクライアントの実例から紹介してみます。

【学生のマインドシェアの向上策(A社)】

★無名の中小零細企業の求人票が就職課で掲示板で掲示された際などを想定して、他社のモノクロA4縦の基本フォーマットの中で目立つようにカラーA3横の会社説明会の案内を作成した。

★自社の歴史や社業の経緯などを分かりやすい物語仕立てにした冊子を作成し、就職課に常置してもらうよう仕向けた。

★就職課・内定学生の実家に社長・役員が自ら赴いて自社の採用活動を説明したり、自社の方針などを語るための挨拶に出向いた。

【ターゲッティングとニーズ想定の徹底による採用活動の設計(B社)】

★過去の新卒者に対して遡って各種の性格検査を行ない、組織に必要な積極性を持つ人材の判定方法を確立した。その結果に基づいて、その傾向のある学生を採用プロセスの初期段階で検出し、その傾向の学生向けの動機付けを面接の場を通して浸透するように展開した。具体的にはその傾向の学生向けの面接マニュアルを作成し、面接官研修を入念に行なった。また、その面接官も面接官研修で優秀だった者を最終的に選抜することにした。

【ターゲッティングとニーズ想定の徹底による採用活動の設計(C社)】

★ターゲティングの結果、モデル像を三タイプに絞り込み、名前までつけたキャラクター化を行なって、採用担当者間で共有化を行なう。新卒労働市場において三タイプ各々の出現タイミングを予測して、その各々のニーズに訴求するメッセージを盛り込んだサイトのコンテンツや説明会での説明内容、さらに面接官の対応を使い分けを行なう。

おわりに

「新卒の採用活動が難しいですって。そんな筈はないでしょう。マーケティングはお客さんをその気にさせることでしょう。マーケティングはお客さんをその気にさせて、お金を貰わなきゃならない。それも外部の、一般には社会経験のある大人相手ケースが殆どですよね。おまけに、お客は会社ごとに異なるし、老若男女バラバラの母集団の中から戦略を決め込んでいくわけですからね。
それに較べたら、新卒採用なんて全然難しくないでしょう。新卒は出てくるタイミングは一定だし、チャネルは絞り込まれているし、年齢は一つしかなく、タイミング別で見たら、かなり質的にもまとまっていて、学生の動向についての情報は世の中にありすぎるぐらいにあって。おまけに、社会経験はなくて、大方、業界研究も企業研究も真面目にきちんとなんかやっていない、大アマちゃんばかりでしょう。さあ、さっさと料理して下さいとばかりに、葱が鴨しょってヨチヨチ歩いているぐらいのもんじゃないんですか。ああ、逆でしたか。いずれにせよ、お客さん向けのマーケティングをやることを考えたら、学生を社員にすることなんか朝飯前の話だと思いますよ」。

私はよくこのようなセリフを中小零細企業経営者に向かって吐きます。暴言です。不謹慎の域に十分入っているとも思います。しかし、6年間、地方私大の非常勤講師として延べ人数で4000人を越える履修者の学生達にキャリアプランを就労観教育と題して教えてみて実感したことをベースに、中小零細企業の新卒採用活動を設計する中では、販売や営業の現場ほどの困難に直面したことはありません。

私はマーケティング担当として仕事をした四年間に中小企業診断士を取得し、結果的に人材紹介事業をはじめとする人材ビジネスの営業企画を生業として当初独立することになりました。人材ビジネスに長くいる先人達を嘲笑うほど厚顔ではありませんし、マンビジネスには、(「この業界は特殊だから」論は大嫌いではありますが)独特の奥深さがあると感じることは多く、まだまだ私はそれを甘く考えているだけのアマちゃんかもしれません。

それでも、前述のように、従業員が数十人単位の中小零細企業が採用する人数は年に一桁に過ぎません。このようなミクロレベルの採用活動が紛れ込む隙間は、どんな好況下の新卒労働市場にでも存在しているものと思われてなりません。バブル期のような好況の絶頂において、100人の新卒を集めるのは無名企業には奇跡を要するレベルと思われます。しかし、金を払う立場をもってしても、数人の社会を知らない若者を組織に口説きいれることができないなどと言うことが、好況絶頂期でさえある訳がないと私は考えています。

新卒の採用は組織を変える原動力になると主張するコンサルタントは多数います。私はコンサルタントではありませんが、その説、その論に、賛成です。ただし、それは新卒を対象とした「人材調達」の結果であって、階層の少ない中小零細企業組織であれば、最低で二年程度を要するプロセスを二三回繰り返した後の話でしょう。新卒社員は真っ白なキャンバスの状態なので、自社の色に染められるのは本当ですが、描き手が小学生の落書きレベルでは、まともな絵ができません。ですので、採用した新卒社員をまともに育成し定着させるために、組織は変わらざるを得なくなるのだと思います。

その意味で「人材採用」よりも、「人材育成」・「人材定着」の方が「人材調達」の全プロセスにおいて重要性を伴っていると思えてなりません。しかし、非社員の調達の道は限られている中小零細組織であるなら、「人材採用」は「人材育成」・「人材定着」には必須のプロセスであり、それらが効率的に行ない得るような対象者を社内に取り込むことにより、「人材調達」と言う「業務」の目的を確実に達成せねばならないのだと思います。