中小企業への就職について学生と話すと、中小企業はブラック企業が多いと言った議論が出てくることがあります。何を判断材料としてブラック企業と呼ぶかは現実には明確ではありません。一般に中小企業の方が大手企業より給与水準が低いと言うのは本当です。ただ、仕事が理不尽で過酷か否かということで見ると、必ずしも、中小企業の方が酷いとは言い切れません。確かに、オーナー経営者がいる企業の方が、外部から経営をチェックする機能が弱い、または、ほぼ存在しないと言うことはありますので、コンプライアンス的には徹底されにくいと言うことは言えます。
しかし、例えば、東京駅近くの大手町や新宿西口の高層ビル街を深夜に訪れてみると、不夜城の如く照明が消えていない大手企業のフロアが大多数であることが分かります。タクシーは連日「着け待ち」と呼ばれる、入口前に列を成している状態で、終電後の時間にも並んでいます。過労死などが報じられるのも大手企業ばかりです。
企業を退職した人々の理由を調べると、大手企業と中小企業では大きく異なる理由が挙げられます。大手企業では、自分が歯車のように扱われているように感じるのが耐えられなくなったと言うような理由です。数千人単位の組織の中で、退職まで社長にナマで会ったことのある社員は非常に限られています。大手企業の破綻劇の際には、自分の会社の破綻をニュースを見て知ったと言う社員さえいます。転勤や異動は自分の希望のままになることはほぼありません。新たな部署で自分が始める仕事は先任者の代役に過ぎず、自分が異動で去っても、後任者は常にいるような仕事の仕方が大手では当たり前です。
いわゆるリストラも個々人の実績はあまり評価されないことが多く、部署や部門単位で業績が悪ければ、(事実上)退職を勧奨されます。周囲の人物がよく知っている、名の通った企業、そして、給与額も中小企業よりも恵まれていて、さらに、福利厚生も充実。しかし、それでも、大手企業を退職している人々は非常にたくさんいるのです。これに対して、中小企業を辞めた人物が挙げる退職理由の多くは、「オーナー経営者と馬が合わない」というものです。
50人組織を想像すると、ほとんど学校の教室のような人数の組織ですので、四六時中、社長と同じ部屋にいるような組織も珍しくありません。社長は社員一人ひとりの性格もスキル・レベルも、フルネームも年齢も、家族構成も、全部知っています。そのような社長と仕事に関して議論することは入社したての社員でもできます。大手企業のような歯車的な疎外感が湧くことは非常に考えにくい環境です。
売上伝票も同じ部屋のどこかに積み上げられ、忙しければ出荷も他の社員と一緒にしますので、会社の好不況が否応なく分ります。そして、50人が仮に全員で販売に当たっているとしたら、一人の売上は平均で2%です。自分一人が頑張って売上を二倍にしたら、いきなり、会社全体の売上が2%アップです。まるで、バスケットボールやサッカーなどのチーム・スポーツをやっているような感覚でやりがいを感じながら仕事をすることができるでしょう。しかし、もし、そのような会社の持ち主であり、経営者でもある社長と全く性格が合わないとか、価値観が納得できないなどのケースなら、毎日が針のむしろのようになってしまうことでしょう。
ですので、中小企業への入社を検討する際の重要なカギの一つは、オーナー経営者の人柄や価値観を知って、その人物と長く一緒に働くことができるか否かということになります。いずれにせよ、中小企業の待遇を語るとき、確かに大手企業に比して金銭や福利厚生面での待遇は見劣りするケースが多いことと思いますが、色々な意味でのやりがいが得られる機会があり、自分の働き方が、きちんと経営者からも直接評価されると言うのが最大に魅力と言えるでしょう。