或る日の店長との会話
「市川さん、ウチの副主任のAがてんでダメなんですよ。気が利かないっていうか。機転が利かないっていうか。なんかボーっとしてるんですよ」
「ん。ああ、A君ですね。どれどれ(と監視カメラのモニターを観る)。いや、真面目にてきぱき働いているじゃないですか。全然、ボーっとしていませんよ」
「いや、その、自分の島だからですよ。自分のことしかやらないんです」
「自分のことを責任もってまずやる。いいことじゃありませんか」
「それは社員の時なら、まあ、いいですよ。副主任なんだから、もっと目を配れなきゃ」
「なるほど。じゃあ、気が利かないって言うのは、自分の担当以外のことに気を配れないってことなんですね。そういう風に具体的に言ってもらわないと、治しようがないですよ」
「は。じゃあ、治しようがあるんですか」
「まあ、緩和ぐらいはできると思いますよ。研修でね」
実際に店舗の現場で発生しているシーン
副主任のA君は、自分の担当している島の中の作業は本当にテキパキやっていますが、店全体が忙しくなって来ても、特に行動に変化はありません。インカムで色々と状況は逐一耳に入っているはずですが、自分の島をつつがなく回すのが仕事だと考えているようです。もちろん、店長や主任は、もっと気を利かせろと何度も注意していますが、A君の働き方に大きな改善は見られませんでした。
実際に、A君になぜランプでたくさん呼ばれている隣の島や、待っているお客さんが何人か発生しているカウンターを手伝わなかったのかと尋ねると、本人は「気づいていませんでした」と答えるのです。どうもその答えにウソはないようなのでした。気づいていないものに、「今度から気づけ」と注意してもあまり改善がないのは当たり前です。
個別カスタマイズ研修の企画と実践
私は、事務所に数日間陣取って、監視カメラの操作機とモニター一台を占有させてもらうこととしました。初日は操作方法を主任から教えてもらって練習すること一時間。その後、明日からの予定を店長と主任に話して承諾を貰い、引き上げました。
翌日、事務所に朝から現れた私は、ミーティングで自己紹介をして、A君を含む早番の全員に言いました。
「今日から、2、3日、インカムで皆さんに質問をします。営業上の連絡の邪魔にならないように、皆さんが話す隙間を狙って、10分か15分に一度ずつ、質問をします。それを皆さんで考えてください。色々な仕事をホールでやっている最中のことになるので、気が散るかもしれませんが、ホールでは常時色々なことに気を配らなくてはなりません。だから、その練習だと思ってやってください。質問はホールの現場の一部で起きていることについてです。たとえば、『今、1パチの海で打っている人は何人いますか』とかです。そこの担当のスタッフは答えてはいけません。担当以外の人が答えてください。質問はインカムで全員に向けてしますが、最初の答える権利はA君にあります。A君に私が尋ねて答えられなかったら、他の誰か、質問にある現場の担当者以外のスタッフの方が誰でも答えてみてください。皆さんがバンバン答えられるようになるまで、私は来続けます」。
それから私はインカムの業務連絡の隙を見ては、
「○○の島で打っているお客様は今何人いますか」
「○○の島で打っていて、これから帰りそうな方は男女どちらですか」
「カウンター横の景品棚で景品を選んでいる人は、今いますか」
「今、男性トイレには何人お客様がいますか」
などと質問を続けました。A君は当初「分かりません」の連発だったので、他のスタッフが「お二人です!」などと答えることばかりでした。そこで、途中から、A君の「分かりません」の二度に一度は、「じゃあ、A君が見てきてください」と業務に支障のない範囲でお願いするようにしました。
一日目の早番明けにはへとへとになったA君でしたが、二日目には、少しずつ正答率が上がり、私が答えをチェックするように言う頻度を上げたので、他のスタッフが答える回数が激減して来ました。
三日目。私は店長に了承してもらい、試しに「A君、今忙しい場所があるから、そこを手伝ってください」と何度か指示をしました。すると、周囲を見渡すことなく、A君はこちらが想定していた場所に行くようになったのでした。
カスタマイズ研修後の様子
私が再訪問してみると、A君がダントツに気が利くようになった訳ではありませんでした。それでも、店内を移動する際には周囲をよく見渡すようになりましたし、風除室の近くに行った際には、外の人通りや天気を見るようになっていました。
また、他のスタッフも研修の意図を理解して、インカムで密に連絡をとるように多少変わったと店長が言っていました。