「社長の言うことを聞かない幹部作り」は、典型的な勉強会のテーマ

奇を衒ったタイトルですが、本質的には、このようなテーマで括るべき勉強会のお引き合いをいただくことが多々あります。

急激に多店舗展開した小売業・サービス業(飲食店・アミューズメント関連などの業種)における店長たちの勉強会や、営業組織の規模を拡大した結果、後輩・部下を一人ぐらい抱える中堅営業担当者たちの勉強会などが、主にこのようなパターンになります。

なぜ、このような勉強会を行なわなければならないのか。そして、具体的にはどのような内容の勉強会を行なうのかを以下にまとめてみました。

初歩の組織論で考える中小企業の組織規模拡大

1 小さな組織 『文鎮型組織』

創業から事業を拡大してきたオーナー経営者が頂点に居て、正社員・パート・アルバイトを数十人程度抱える組織では、各々の組織構成員(ここでは簡便に社員と総称しておきます)を、社長がすべて管理しています。ここで言う「管理」と言う言葉は、通常の業績管理や人事考課の材料程度のことではありません。社員の性格やテクニカル・スキル/ヒューマン・スキル、どこの顧客との相性が良いか、自宅はどこにあって、家族構成はどうなっているかなどなど、把握している内容はかなり広範で深いものです。

このような組織では、例えばプロパーの叩き上げとは言え、所謂「番頭」的な古参幹部や役員が居たりしますし、30代後半の社歴10年に近いような社員は、一応、「課長」などの役職をつけられています。しかし、これらの役職は実質的に「あだ名」のようなものであり、大抵の場合、給与とも直接的な相関はありませんし、職掌も役職に応じて大きな変化はしません。

実際には社長が全社員を見ているわけですので、彼らはマネージャーではなく、良くてもフォーマルパワーを持たないリーダー程度に過ぎません。現実に社長を含め、20~30人ぐらいが一つの事務所に居たりしますので、社長は社員に関して気づいたことを、誰に対しても即、注意し、指導し、場合によっては叱咤します。つまり、中間管理職は現実には存在していないも同然です。その組織の形を図に描くと、習字で使う棒にマルぽちのついた文鎮のような形になるので、これを「文鎮型組織」と呼んでおきます。

ミンツバーグは、このような管理のあり方を、Direct Supervision と呼んでいます。このような管理形態は、組織の機動力が求められる環境においては、或る意味最強ですが、規模には通常、制限がありますし、個人(社長)の能力に大きく依存する管理形態なので、その意味での各種のリスクが伴います。

このような組織のおける幹部(=古参社員)の役割は、基本的に他の社員と同じで、社長の指示をきちんと守ることです。長年の経験から多少社長の性格をよく把握しているなどのことはあるでしょうが、経営観を伝承することや、経営方針を深く理解することなどは求められてもいませんし、また、唯一神のような社長の存在に近い者としての自分の認識などは持たれていないことが殆どです。また、その方が、先述のような「高い機動性」と言う組織の強みを発揮しやすいのも確かです。

2 より大きな組織へ 『階層型組織』

文鎮型組織の規模が拡大すると、社長からは目の届かない社員が増えてきます。組織のホウレンソウのあり方や事業の形態など、さまざまな要素に左右されますが、大体、50人を超えるぐらいから、そろそろ限界が出てきます。

目が届かないのは色々な理由によります。社員数が増え、年代や性別による価値観のヴァリエーションに社長がついていけなくなることもありますし、拠点が増えて巡回などをしても尚、物理的に見えなくなることもあります。 いずれにせよ、社長が特に若い社員などについて、フルネームが言えない。住所が分からない。学歴を思い出せない。などの状態が出てきますと、基本的に、Direct Supervision が成り立ち難い環境になってきたと私は判断しています。

この状態になると、社長の評価が当てにならないことになってしまいますので、評価が社長の主観から徐々に「客観的なものであらねば…」と言う動きが出てきます。給与テーブルを作ろうとしたり、元々どこかのマニュアル本からコピーしただけの就業規則を見直ししたりし始めるなどのことがおき始めます。

ミンツバーグによれば、このような段階に達してしまった組織の管理形態は、以下の三つのうちのどれかによるべきと言うことになります。

●Standardization by Work Process (作業プロセスによる標準化)
作業のプロセスや段取りなどを決めてしまい、それに従っている限り、良しとすると言う考え方です。この管理方法をする限り、社長は、作業プロセスが陳腐化や、何らかの急な顧客からの要求などが原因で、良くない結果が出た場合には、結果的に自分が全部責めを負うことになってしまい、社員はいつまでも、(良くて)社長の手足の域を出ることがありません。状況を知る目や耳、判断する頭は結局、社長に頼らねばなりません。

●Standardization by Output (結果による標準化)
作業のプロセスなどによらず、結果がよければそれで良しとしようという考え方です。この結果は、製造業などでは、製品の品質や納期などのケースもありますが、通常はやはり、売上や粗利ぐらいの指標が用いられることになります。しかし、手段を問わず結果を出せば良いのかというとそうではないでしょうし、大体にして、幹部・社員が所定の結果を出せなかった場合、結局社長が、「任せておいてみたが、やっぱり上手くいかない。やはり、俺のやり方のほうが正しかった」などと、結果以前のプロセスに介入し、結果評価の枠を自ら壊してしまいます。

●Standardization by Skill (技術による標準化)
これは多少特殊なケースですが、例えば、病院などの組織においては、特定の職業スキル(医師・看護師・薬剤師など…)を持っていて、それが十分であれば、後は問わないと言う管理の仕方も存在します。製造業などの技術職や幾つかの部門などにおいては、このような管理形態の採用もあり得ますが、上述の二つの形態よりもさらに権限委譲が大きくなるこのような形態を許容できるような、創業オーナー経営者はあまり見たことがありません。

ミンツバーグによる管理形態は、所謂、Plan-Do-Check-Action のサイクルの前2~3段階の話に過ぎません。結局、結果が悪かった場合、オーナー経営者がそのリスクを一手に担うことになるのが、中小零細企業です。社長から社員全体に目が届かなくなることは先に指摘しましたが、もっと困ることは、社長が現場から乖離して顧客や市場のニーズが見えにくくなることです。この現象が起き始めると、既存の司令塔に情報が十分に入らなくなってしまいますし、入れたら入れたで量が多くて処理ができなくなってしまいます。この結果、どんどん組織が鈍重になって行き、市場環境に適合できなくなって行きます。一方で、規模が多少大きくなった結果、大手や中堅クラスの企業との競合も激しくなってくるので、事態はさらに深刻になります。

そのような状況になると、社長は幹部や古参社員に向かって、「お前らに危機意識がないからこういうことになる」だの、「顧客の要望の重大さが分かっていない」だの、「おれは学歴はないが、30代の頃には、40過ぎたお前らよりも、もっと、商売の判断がきちんとできたぞ」などのようなことを言い始めることになります。この状態の幹部や古参社員は、単に社歴が長くて、社長の目に留まりやすく、怒られてはオロオロ対策に走る人であるケースが殆どです。部下30人を抱える専務が、3000円の決裁に社長の許可を得ていることさえ、そう珍しいことではありません。

業を煮やして社長は対策として、マニュアルの作成や、日報のフォーム変更、会議の頻繁化などなど、専ら管理手法の強化に邁進して行くことになります。しかし、繰り返しますが、管理手法を強化しても、それを管理する人間が一人である限り、どれだけ改善を進めようとも、限界はすぐ目の前であることに変わりはありません。

階層型組織への移行に必要なこと

創業オーナー経営者率いる零細企業が中小企業・中堅企業に組織規模を拡大する際に、なぜ、上述のような問題が起きるのかを考えると、それは自ずと幹部の役割の大きな違いにあることが分かります。

極端な言い方ですが、文鎮型組織での「幹部」と言うのは、社長に長く付き従うことができた人間であり、社長の或る意味横暴な指示命令に、服従することに長けた人間と言うことになります。実務能力は特に高い必要はありません。下手に幹部が目立つと社長のリーダーシップにも悪影響が出かねません。(「一つの世界に太陽は二つ要らない」と言った社長さえ居ます。)

無論、これらの幹部も、場合によってはビジネス誌やビジネス書でリーダーのあり方などを見聞きし、身に付けようとすることがあるかもしれません。しかし、現実に使う場面の殆どないスキルを身に付けることは尋常な取り組みではありません。結局、社長の価値観を仰ぎ、社長の指示に従うことで、組織内に存在する人々に成ってゆくことと思われます。つまり、極論ながら、文鎮型組織においては、社長の命令を、長年にわたり確実にこなす幹部が、「良い幹部」と言うことになります。

一方、階層型組織では、幹部こそが、市場環境や顧客ニーズに合致しない自社のあり方に気付き、組織全体の動きと大きく矛盾しない範囲で、どんどん「適応」を進めてゆくべき存在です。

例えば、営業叩き上げの社長は、「営業担当者の一日当りの訪問件数が落ちているので、それを上げよ。一日の訪問件数をノルマ化し、終わるまで戻すな」のような指示をするかもしれません。しかし、一件々々、時間をかけ、丁寧に意見交換をし、ニーズを拾い上げ、信頼を勝ち得るような営業スタイルが、ルート営業でも評価されるようなケースもあります。無論、その場合も、件数を上げることに意義はありますが、問題は優先順位です。

このような場面が起きると、文鎮型組織の状態そのままで、社長に絶対服従の幹部はその命令を疑うことなく実行に移し、 結果的に顧客を大量に失う可能性があります。これは、超ミクロレベルのローカライズの現象とも考えられます。変な例えですが、マクドナルドは全世界でマクドナルドですが、日本のテリヤキバーガー販売や、英国でのビール販売など、全部、米国本社発案でやっていては大変なことになります。

弊社ではこのような段階の組織を率いる社長からの幹部教育のご依頼に、以下の処方箋を提示することが多いです。

① 社長や、社長にベッタリのスタッフ部門からの指示・命令を、まずは一旦疑う訓練をする。
長年培った行動パターンはなかなか変えがたいものですので、まずは、10聞いて、6疑わず実行し、2は対案を出し社長と議論をし、残りは最初から自分の方針に置き換えるぐらいの態度を身につけて頂くよう求めます。まずは、指示・命令に対して「なぜ」を問う訓練から始まります。

② 仮説と検証の考え方と行動への落とし込みを数ヶ月かけて実体験する。
上述の実現のために、自分で考える訓練を現実の経営課題をベースに行なって頂きます。詰まるところ、「仮説と検証」のサイクルを着実にまわせるようになることです。特に「考えること」が求められていなかった、または、評価されなかった幹部の面々にとって、これは一朝一夕に身に付くものではありません。他業種他社事例の研究などをベースに、自社の経営課題をどうやったら緩和(解決には程遠い状態からの訓練ですので緩和程度のことです)できるかなどを検討して頂きます。

③ 社長代行業の幹部として、経営の考え方を身に付ける。
創業オーナー経営者自身が、経営論を毛嫌いしているケースもありますので、あまり強調しませんが、最低限の「人材育成の基本」と、「差別化・顧客満足などの概念をベースにした基礎的マーケティング」の知識を、判断基準として身につけて頂きます。これらが社長への反論材料となる訳ですが、現実から遊離した空理空論とならないように、理論の学習は現場への適用を必ず前提として、使い方もセットで身につけるようにして頂きます。

④ クライアントとしての社長を安心させる訓練をする。
個人の給与所得を個人事業主としての収入に見立てる時、社長は自分の唯一最大のクライアントです。そのクライアントが、「ああして欲しい」と言えば、その通りにし、「こうして欲しい」と言えば、またそのようにするのでは、個人事業主としての営業は失格です。つまり、社長に対して、こちらの決めウチの商品の価値に納得させるぐらいの提案営業ができなければ、幹部失格であると言うことです。社長代行業の詰めは、社長の指示を真に受けないこととを越えて、社長から指示を貰わなくなる状態を極めることです。