零細リアル店舗の苦境と顧客獲得

インターネット上での販売が世の中に定着して久しくなって、小売店舗の経営は非常に苦しくなりました。単なる物販という観点で見るなら、ネット通販の世界には圧倒的な有利性があります。陳列において物理的なスペースがありませんし、集客にも地理的な制限が一応ありません。営業時間も所謂24-7状態です。提供する商品情報や関連情報もウェブページにテキスト情報に加えて、音声や画像・動画など何でもほぼ無制限に載せることができます。リアル店舗に比べて伝えられない五感情報は、匂いと味と肌触りだけしかありません。

モノからコト、さらにイミへと消費の対象が遷移したと言う話をよく聞きますが、消費活動を“記号論”で読み解いた名著『消費社会の神話と構造』の著者であるボードリヤールさえも驚愕させた、記号消費が遍く浸透した飽和市場が果てしなく広がる日本なのですから、高度成長期以降は元々イミが流通していたとみるべきだと思われます。そんな中で、単純なブツを売る商売は事実上インターネット通販に奪われてしまい、比較的単純な推奨機能も、便利な決済機能も、映像で表現される範囲での目くるめく買物体験の提供も、一般にリアル店舗よりインターネット通販の方が上という時代になりました。

(買物体験は単なる二次元モノからVR(仮想現実:Virtual Reality)、AR(拡張現実:Augmented Reality)を経て、MR(複合現実:Mixed Reality)、SR(代替現実:Substitutional Reality)やXR(X Reality)などでより充実の度合いが増しています。デジタル・サイネージなどから始まり、リアル店舗でもこれらの技術の採用が進んではいますが、零細店舗には物理的な設備投資金額が膨らみやすく、インターネット上の展開に伍することが困難です。)

インターネットを通した体験を売るサイトを取り急ぎ除外して、インターネット物販は結果的にブツを後で届ける形になりますから、非常に少額のモノや非常に高額のモノ、さらに危険物や薬物などの取り扱いが難しいモノ以外は殆ど販売可能です。結局、リアル店舗は、それらのインターネット通販で扱えない物品を販売するか、インターネットサイトでは提供できにくい何らかのサービスを販売するしか生き残りの道がなくなってしまっています。

もちろん、後述するように、昔で言う「ブリック&クリック」や「クリック&モルタル」的なインターネットとリアル店舗の並走の取り組みや、今で言うO2O(Online to Offline)と呼ばれるようなネットからリアル店舗へのお客の取り込みの流れ、さらに各種の接点を融合させるオムニチャネル的な発想も、今となっては当たり前ですが、それ以前に、リアル店舗の限界を把握しておく必要があります。

リアル店舗の商売の最大の限界は立地条件に囚われていることです。一般にサービス店舗(飲食店やパチンコ店など)が無理なく集客できる目安は「15分商圏」の範囲などとも言われています。徒歩なら半径約1キロ程度、車でも半径10キロまで広げることが限界でしょう。無論、この範囲の中に顕著なTG(後述:Traffic Generator「トラフィック・ジェネレータ」)があれば、大分状況は好転しますが、まばらな住宅街にポツンと存在しているような零細店舗では、おのずと集客に限界が現れやすくなります。

商圏分析の目的

商圏分析の目的は店舗周辺から物理的に取り込み可能なお客様の質と量の把握です。お客様はターゲット設定をするのがマーケティングの基本ですが、そもそも周辺にいないお客様を設定してしまっては、集客に膨大なコストがかかることになってしまいます。

弊社ではマーケティング・プランの基礎をクライアント企業に教える研修の際に、周辺地域での存在を全く気にせずターゲットを設定してもらうことがあります。居酒屋風店舗にて、「アラブの富豪」を設定してしまい、「成田空港からリムジンバスを用意して来店誘導する」などを思考実験レベルで大真面目に議論することになったことがあります。商圏に実在する人々を意識しないターゲット設定は、極端に言うと、「絶対に無理」ではないものの、こうした陥穽に嵌ってしまいます。これが周辺のお客様の「質(ないしは様子)」を知るということです。

もう一つの量の方は、お客様になり得る人がどの程度の人数規模で存在するかを分析するものです。特に新店オープンの前などには、ターゲット設定内容以上に、売上額の予測に直結する人数の“読み”の方が重視されることになります。人口統計などを用いる方法を取りますが、競合に無店舗の通販がガッツリ含まれている現在、以前にも増して“読み”がいい加減になりますし、飲食店などでさえ、中食の普及で単純なリアル飲食店の競合を数えるだけでは、意味を為さなくなっていると思います。

弊社で商圏分析手法をクライアント企業の人々にマスターして戴いたり、商圏分析を代行したりする目的はターゲットの存在確認とニーズ把握、そして店舗のコンセプト設定の検証などが主となっています。それはつまり、商圏分析を単に物理的な範囲と認識するのではなくて、商圏に存在する「市場(=お客様の集団)」として認識するということです。

その上で、ターゲットに合ったプロモーション方法の再検討などが行なわれることになります。その中には、確認されたターゲットの価値観に合致するベネフィットの表現文章の見直しなども含まれますし、単純なポスティング範囲設定やポケットティッシュ配布ポイント設定のみならず、OOH広告の配置場所や向きの検討まで含まれています。

また、商圏はナマのお客様の行動の集大成ですから、日々刻々と変わっていきます。後述するように、商圏を努力によって広げることもできれば、知らないうちにどんどん狭められてしまっていることもあります。弊社では定期的な商圏分析をクライアント店舗には奨めています。

主な商圏分析の手法(1) 立地分析

商圏を考える時に重要なことは以下の4つです。

(1)自店を取り巻く人の流れの向き、
(2)自店を取り巻く人々の量、
(3)自店の周囲の物理的障害物、
(4)自店の視認性やアクセサビリティ

(1)自店を取り巻く人の流れの向き

一つ目の人の流れの向きは、郊外店の場合と駅前店の場合とで考え方が異なります。郊外店の場合は、多くの場合、住宅地と中心街を車で移動する人々の流れを意識することとなります。古典的なハフ・モデルでも分かることですが、自店が住宅地と中心街の間に位置する場合、自店の商圏は中心街側に薄く住宅地の方向に大きく広がっているようになる筈です。

人は元々ある移動経路から余程のことがなければ大きくそれた行動を取ることがありません。米国の専門家によるスマホの位置情報の解析結果によれば、日常の生活で被験者たちが存在している場所は、非常に固定化していることが分かっています。「固定行動」と呼ばれるパターンが数個分かるだけで、各々の被験者の行動場所の9割以上が予測可能であると言われています。ですので、自店のエリアを通過して、住宅地と中心街を往復している人々は自店で捕捉できますが、中心街と他地域を往復している人々を自店に誘引することはとても困難です。

駅前店の場合も同様に、人の流れの上流と下流を意識することが重要です。商圏分析ではTG(Traffic Generator:「トラフィック・ジェネレータ」)と言う言葉があります。簡単に言うと、そのエリアに人が湧き出てくるポイントです。駅前商店街なら、駅の改札がまさにTGです。近郊住宅地だとバス停や大型駐車場などがTGの場合もあります。そこから人々は湧き出て、各々の目的地に向かい、またTGに戻って消えていきます。

自店がその流れの上にあれば、もっと集客が可能である筈です。

(2)自店を取り巻く人々の量

人々の流れが分かれば、そこからどれぐらい汲み取れる量があるのかが或る程度測れます。自店の会員データが少ないエリアでも、実は大型団地があって、折込みチラシを入れてもっと集客が望める可能性がある場合もあります。逆に、現在来店客が多いビジネス・エリアは、あまり昼間人口(昼間にそこにいて働いている人々の人口)が多くなく、これ以上販促しても成果が伸びないかもしれません。既存の来店客の方々は本来存在している自店の商圏のほんの一部しか反映していないことはよくあることです。

(3)自店の周囲の物理的障害物

河川や鉄道、幹線道路などは商圏の明確な区切り目となります。直線距離では目と鼻の先にあるようなエリアでも、これらを挟んでしまうと、横断するルートが存在していてさえ、人の流れは急激に細ってしまいます。時間的な距離を意識するので行き来しなくなる以上に、心理的に障害を越えることの負担が、そのような結果につながるのだといわれています。

同様に商圏の形を歪ませる要素としては、学校施設や運動場、工場・倉庫などの広い面積を持つ施設もその周囲を人々が回りこんで移動するのを面倒に感じるので、商圏を圧迫します。他にも人々が通過したくないエリアも同様の効果が発生します。街灯の少ない閑散とした場所や騒音・臭気などが強い場所も通過に心理的負担が出ることがあります。

道路で言うと、幹線道路に面していても、中央分離帯の存在などによって、ご来店のお客様の地域的分布は大きく影響されます。このような物理的な障害によって、商圏の形はよくチラシの配布エリアの計画で見るような真円には殆どならないのです。

(4)自店の視認性やアクセサビリティ

商圏の中における自店の立地を考える時、自店がその立地でどれぐらい目立つかとか、仮に目立っても、入店しやすいかどうかなどは大きく売上を左右します。

たとえば、同じブロックでもブロックの一辺の半ばに埋もれているよりは、交差点に面したブロックの角に位置している方が目立つでしょう。当然ですが、2階以上に位置する場合では1階に比べて(特に狭い路地では)認識されにくく、認識されても新規客では入店に至る心理的な障害が多いことになるでしょう。

厳密には、自店そのもののみならず、看板や案内の位置や向きも、第一項の人の流れを意識したものでなくては、視認されにくく、意味を失ってしまいます。

主な商圏分析の手法(2) 吸引率分析

既存店の場合、会員顧客などの既存データを用いて吸引率分析も行ないます。吸引率分析は、住所(通常、条丁目別)の既存客の数をその地域の(住民票上の)人数で割って、「住所別の住人のうち既存客が存在する割合」をエクセルなどの表計算ソフトで明確にするものです。端的に言うと自店のシェア分析です。

具体的には、総務省統計局のサイトにある全国の市町村の丁目ごとの性別・5歳刻み年齢別の人口をダウンロードして用いることが一般的です。さらに精緻に行なうのであれば、性別や年齢層別に吸引率を算出することも可能です。

この吸引率に何段階かの刻みを設けて、ランク別評価のようにすると、「住んでいる人の多くが来店するエリア」、「お客はぽつぽつとしか存在しないエリア」、「まばらにしかお客がいず、実質範囲外のエリア」…などと吸引率の大きさによって条丁目別エリアを分類することができます。

吸引率ではなく、単純にお客様のデータを一個ずつグーグル・マップなどの地図アプリ上にマッピングすることで概ねお客様の物理的な広がりは把握できますが、元々人口の多いエリアはお客様が多くて普通ですし、逆は少ないのが当然です。吸引率分析をして初めて、自店の強いエリアの形が把握できます。先述の吸引率のランクごとに色分けした地図を見ると、本来の自店の商圏がかなり正確に可視化できることになります。

ターミナル駅の駅前商店街にある自店から遠い所にぽつんと離れ小島のように存在している高吸引率地域がみつかったことがありますが、それは、その駅にバスで一本で出て来られる大型団地だった…というような発見でした。

主な商圏分析の手法(3) 実査

地図上でほぼ完結する立地分析と人口データから行なう吸引率分析は、いわば商圏分析の仮説立ての手法と考えることができます。それらを行なうと、(「特定の地域の人はなぜ来店しないのか」とか「この地域からはなぜターゲットよりはるかに高齢のお客様が来やすいのか」など)商圏のゆがみや特性などの“謎”が色々と発見されます。その検証であり、“謎解き”を行なうのが実査です。つまり、実際にその商圏を見て、商圏の特徴を理解することです。

実査には色々な観察すべき事柄と観察方法がありますが、特に定番の以下の二つの事柄を弊社では意識しています。

(1)地区ごとのお客様像の把握、
(2)人の流れの把握

(1)地区ごとのお客様像の把握

その地区に実際に行ってみると、多い住宅のタイプは一戸建てかマンションかアパートか、それとも、社宅や社員寮が多いのかなどが、簡単に分かります。近隣の不動産屋の入口を見れば、その界隈の賃料の相場も分かります。駐車場の自動車のグレードはその世帯の収入レベルに強い相関があります。干してある洗濯物さえ家族構成や収入などを知る手掛かりになります。

近隣のスーパーマーケットに行くと、商品の価格帯や品揃えから、その付近の住民の所得水準や主要人物層などが想像できます。そこにいる人々を見て、“謎”の答えを見つけ出すことを行ないます。

(2)人の流れの把握

先述の通り、米国の大学の数万人を対象にした、スマホの位置情報の解析結果によれば、普段意識していなくても、人間は“固定行動”と呼ばれるほんの数パターンの組み合わせの移動がほとんどだと分かっています。それらのパターンが分かると、日常の曜日や時間帯ごとの居場所が90%以上の確率で判明すると言われています。つまり、人の流れは或る程度固定していて、本人が意識的に変えることも困難です。ましてやその人々に対して第三者の店舗が幾らメリットを訴求したところで、その流れを変えるのは容易ではありません。

元々自店の付近の人々の、自宅と勤務先や、自宅と買物などをする商業施設や商店街を行き来する普段の移動のパターンを理解すれば、その中の自店のターゲットの人々のニーズに合致する内容を訴求することが効果的にできます。

商圏拡大の手法

自店の商圏を把握すれば、それは自然と決まっているその地域の人の流れなどによって強く拘束されていることも理解できます。商圏分析によって、本来開拓できる見込み客の存在が十分残っていることが判明したら、単に、それを開拓すれば売上も利益も伸びることになります。

しかし、既存の商圏から得られる収益が十分ではない時(、且つ、移転などの選択肢がない時)、商圏を広げる方法を考える必要があります。方法は大きく分けて以下の二つがあります。

(1)物理的に遠方のお客様を集める方法、
(2)差別化により商圏を広げる方法

(1)物理的に遠方のお客様を集める方法

山間の温泉宿の集客で駅まで送迎バスを出しているような事例もこれに含まれますし、ツアー的なお客を遠方から誘致するなどもこの方法に含まれます。弊社でもこの必然性があれば企画を行ないますが、大掛かりになることが多く、現実的ではないケースが多いものと考えます。

(2)差別化により商圏を広げる方法

自店のストア・コンセプトを磨き、遠方からでも来店する価値のある店にする方法論です。よく経済紙や商業関係のネット記事などに出てくる繁盛店の事例の多くがこのパターンです。

差別化をすればするほど、コアなファンができ、遠くても通う価値の店が原理的にはでき上ります。しかし、その魅力を維持するためには、マーケティング面の努力がより一層求められることになります。

この場合、遠方からの来店を常に必然にしてしまうことには無理がありますので、そのインフラとしてインターネットを活用し、お客様から見た時に、いくつかある店舗サービスを得る接点の一つがリアル店舗になっているような位置づけを実現することが現実的です。

この考え方が、冒頭でも言及した通り、以前の「ブリック&クリック」や「クリック&モルタル」的なインターネットとリアル店舗を並立させる取り組みや、今で言うO2O(Online to Offline)と呼ばれるようなネットからリアル店舗へのお客の取り込みの流れ、さらに各種の接点を融合させるオムニチャネル的な発想であることになります。

お客様との接点を物理的な距離を超えて持つことにインターネットは有効ですが、時間営業の店舗の維持が難しい昨今、お客様との接点を時間的な制約を超えて持つことにも、インターネットは有効です。

商圏分析の上に成り立つ、お客様との接点の企画と運用にも弊社は取り組んでいます。

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