収益に結びつかない差別化は、なぜ起こるのか
一般に商流の中で、最終顧客から遠い製造業や、直接、最終顧客に接しない大手卸売業などの会社が、ライン数やアイテム数を増やしたり、設備投資やシステム投資などを行なって、業界内で圧倒的な差別化を図っても、それが必ず収益に結びつくとは限りません。
また、直接顧客に接していても、小売業でさえ、闇雲な多店舗展開や各店での増床。さらに、やたらの品揃え強化などが必ず利益を向上させるとは限りません。巨艦型のスーパーが出店を繰り返し、店舗数では並ぶものがほんの数社のレベルに達しても尚、利益率は下がる一方などと言うケースは、流通に詳しくない人々にも広く知られています。
取り分け、このようなことは、合理的且つ、分かりやすいニーズを持つ法人対象の商品やサービスよりも、一般消費者向けの所謂「消費財」を扱っている企業に多いように見えます。消費財が満たすべきニーズは、それ以外に比して、不合理で、移ろいやすく、顧客ごとに千差万別であり、把握も対応も困難です。そのように考える時、上述のような、成果を生まない差別化は、顧客ニーズ(多くの場合は消費者ニーズ)を満たすことができないものであるが故のことと、想像がつきます。
これらの中には…
●既存の顧客ニーズを全く無視して勝手に差別化を推進するケースもあれば…
●顧客ニーズを意識しているものの、何らかの理由で差別化の努力がそれに追随できない場合…
もあることでしょう。いずれにせよ、差別化はあくまでも、顧客ニーズに沿って為されるものであることは論を待ちません。
困難な顧客ニーズの把握と充足
差別化が顧客ニーズに沿って為されなくては、成果を生まないことは当然です。しかし、その顧客ニーズの把握がうまく行かないのでは、差別化は常に身勝手な特殊化になってしまうリスクを背負い続けることになってしまいます。
顧客ニーズへの差別化による対応が困難になる理由は以下の三点によるものと弊社では考えています。
★ 顧客は自分のニーズを語ることができない。
弊社サイト『接点印象管理』のページでも述べましたが、顧客は自分のニーズを語ることができません。きちんと把握していないからです。また、仮に語ることができたとして、それを充足することが、顧客の満足を生むのかも、甚だ怪しいものです。顧客満足は良い驚きを与えることと言います。つまり、顧客の予想や期待を良い意味で裏切らねば、顧客は満足しないと言うことです。
一方で、顧客を定着させ、囲い込むことが経営効率の改善には非常に効きます。と言うことは、顧客を満足させ続けるために、常に良い驚きを供給し続けなくてはならないことになります。 これでは、一般に重たい投資を伴いがちなコア・コンピタンスでは、中長期的に顧客に満足を提供し続けるなど、到底不可能に近いことでしょう。コア・コンピタンスはそのままに、ペリファラル・コンピタンスできめ細かな顧客ニーズ対応をすべきであることが分かります。
★ 顧客ニーズは商品分類・業種分類に対応していない。
顧客のニーズとは、単に「あれが欲しい」・「これが欲しい」と言うことではなく、 「ああありたい」とか「こうありたい」と言うことです。例えば、「まったりしたい」、「ぼーっとした時間を過ごしたい」と言うニーズを満たすために、顧客は、まず、行きつけの喫茶店に行き、そこが混んでいたら、図書館に行き、そこで子供が走り回っていたら、仕方なく、リフレクソロジーに行き…などと、ニーズを満たす手段を講じようとします。
と言うことは、これらの行き先は総てこの顧客のニーズを満たすと言うサービスを提供している意味において、競合状態にあります。つまり、同業者間で差別化する、顧客の取り合いをするということにあまり意味はありません。通常、差別化を論じる際には同業他社との比較からコトが始まりますが、それでは顧客ニーズを満たすと言う観点に従っていない可能性が高いものと思います。
※参考:『経営コラム SOLID AS FAITH』 第116話 『価値分析粗論』
★ 顧客のニーズは千差万別で、顧客全体を同じ手段で満たすことはできない。
この事実は常識的に認識されている筈ですが、差別化の設計のプロセスで、「誰から見て魅力的であるような差別化なのか」と言う観点は忘れ去られがちです。顧客ニーズが千差万別である以上、そして、それが個人の中でも決して固定したものではなく、時々刻々と移ろうものであることから、顧客個人別やグループ別ではなく、自社が満たすべき顧客ニーズの類型を特定して、それに向かって差別化を実現することになります。
※自社が満たすべき、ニーズの類型化、ニーズの設定の手法に関しては、大雑把に見て以下のような方法があります。
「満たすべきニーズの設定」への取り組み
何らかの顧客ニーズを設定し、それを満たすような幾多の商品やサービスと自社のサービスを差別化してゆくこととし、その実現は主にペリファラル・コンピタンスによるものであると弊社では考えています。そこで、よくある顧客ニーズの設定方法について少々まとめておきます。
★ 属性によるマーケット・セグメンテーション
顧客を年齢や性別、居住地域別、血液型別、職業別、収入別など、定量的な属性で分割し、その中の一グループは、ほぼ共通のニーズを抱えるであろうと言う考え方です。つまり、個人とニーズは、或る意味一対一対応で、属性によって人物像を絞り込めば、そのニーズも自動的に決定すると言うことになります。
しかし、実際は、同じ町内に住んでいる自分と同じ年代で、自分と同じ世帯人数の家庭に住み、自分と同じ性別で、職業もサラリーマンと言うことで一緒、などという人を想像して、その人が自分と似たような価値観やニーズを、同じ曜日や時間に持つことが多いだろうかと考えると、どうも、信憑性が薄く感じられます。
マーケット・セグメンテーションは、古典的なニーズ把握の考え方です。定量的なので、統計的にも処理しやすく、実際、統計データなどの活用によって、対象者の人数をかなり正確に把握することが可能です。それは一応、目安としての「ニーズの市場規模」の把握を可能としていると言うことでもあります。
しかしながら、客観的な属性絞込みによる人物像設定が、そのままニーズ把握につながる(例えば、「東京世田谷区の世帯収入700万円台の男性会社員は、日曜日になると、家での時間をもてあまし、主に自家用車でドライブに出かける」などと言った仮説の立て方と言うことです。)と言う考え方はかなり大雑把で、商圏把握や売上予測などにぎりぎり活用できる程度と考えるべきだと考えられます。
★ ライフスタイル(さらに、購買行動パターン)によるマーケット・セグメンテーション
属性だけでは顧客の行動を把握しきれず、当然、ニーズを把握することにも無理があると言う認識から、顧客のライフスタイルごとに、色々と類型化する考え方です。クラスター分析などの統計的手法や、各種のIT技術によって、顧客の購買行動はかなりパターン化した分析が可能になっています。ニーズ把握と言う観点からなら、より現実的で、緻密な想定が可能となります。
しかし、そのライフスタイルの設定は、通常、非常に主観的で、特定人物などを想定して数人で実験してみると、特定人物を分類すべきライフスタイルが一致しないことなどがよくあります。このようなことでは、ニーズや、それを前提とした差別化についての認識を、自社組織内で共有化したり、徹底したりするのに支障が出がちです。
また、既存顧客のデータをパターン分析することはできますが、購買をしていない新規顧客や潜在顧客の分析は情報源が限られるため、困難になります。さらに、中小零細企業においては、調査自体に掛かるコストと、その結果の適用によって発生する成果を比較した際の、コスト・パフォーマンスが満足の行くものになることは稀でしょう。
★ シーン・マーケティング
具体的な顧客像の把握を放棄して、特定の場面を想定することにより、そこに登場する人物が抱くであろうニーズを設定すると言う考え方です。所謂「モノ関連情報誌」などによくあった、陳腐な表現しかできず恐縮ですが、「初夏に湘南を二人で訪れるときの…」のような枕詞をつけて、どのような服装がバシッと決まるだの、どのような店に行くと心に残るような一日を演出できるだの、と言ったような設定を重ねてゆくことです。
シーンが決まることにより、そこに居る人物像の設定が、シーンを共有できる人間間では容易になりました。しかし、シーン・マーケティングの画期的なところは、マーケット・セグメンテーションはどちらかと言うと、現実に存在する人々(とそのニーズ)を分類する手法であったのに対し、そのシーンに参加したくさせることにより、まだ現存しなかったニーズを創造することの可能性を広げたことでしょう。
★ モデリング
モデリングと言う名称自体、一般的ではなく、或る本でそのような表現が為されていたということでしかありません。便宜上、ここではモデリングと呼んでおきます。 アパレルなどの幾つかの業界でMDの考え方として用いられているようです。
これは、(実際の顧客像を勿論参考にしますが)、現実の顧客ニーズを把握することを放棄して、架空の顧客像を設定してしまうと言う考え方です。架空のモデルを想像するため、「モデリング」と呼びます。架空の人物の設定は、まるで、物語のキャラクター設定のように行なわれます。より、リアルにするために、その架空の人物に名前をつけて、アニメのキャラクター設定のように、性格や年齢、家族構成などなど、きめ細かく決定しつつ、それを組織内で共有してゆくと言う手法です。
例えば、アパレル業界で、クレヨン社による「ロイス・クレヨン」と言う店舗がありますが、ロイス・クレヨンは、クレヨン社がモデルにしている架空の人物の名で、同社のサイトにはロイス・クレヨンの個人情報が事細かに語られています。多くの「ロイス・クレヨン」は、アパレルショップですが、そこでは、原理上、ロイス・クレヨンが好きなアイテム群が、ロイス・クレヨンの好きな雰囲気の店舗に並べられ、ロイス・クレヨンが安心する接遇の仕方の店員が店舗に配置されていると言うことになります。つまり、店舗のコンセプトがすべて、この架空の人物を基準に決められていて、社員間に、そして、顧客間にも共有されていることになります。来店客はロイス・クレヨンと同じ感性を持ち、同じニーズを抱える人々と言うことになります。
「ロイス・クレヨン」には、アパレル・ショップ以外に、カフェなどもあります。これも、当然ですが、ロイス・クレヨンが好きなカフェを実現したと言うことなのでしょう。この原理で行けば、ロイス・クレヨンが一人暮らしを始めるときに行きたい不動産屋でも、ロイス・クレヨンが学校帰りに寄りたい雑貨屋でも、何でも作ることが可能と言うことになります。
個人をモデルとしたモデリングが一般的ですが、架空の企業をそこに在籍する人々までセットでモデルにして、法人向けの商品やサービスのマーケティング活動にも応用は可能です。斯く言う私の頭の中にも、名前こそ付けていませんが、間違いなく中小零細企業の組織と、その創業オーナー経営者、そして社員などの姿が存在します。例えば、勉強会などの企画書も、お引き合いのあった企業を想像しながら書くのではなく、頭の中に存在する中小零細企業モデルを前提に、内容を盛っています。
著作権などの問題をきちんとクリアする必要はありますが、既成のキャラクターを想定した店作り(例えば、綾波レイが行きたい眼鏡屋)なども可能です。その場合は、それに共感する顧客を創造し集める手間が省けます。
※ここで言っているのは、キャラクター商品を売る店ではありません。念のため。
そこにまた、設定されたモデルに共感できる人々(または、企業)が、その属性やライフスタイルに関係なく集まってくると言うことになります。
● 差別化の基礎① 『差別化の構造』のページに戻る
● 差別化の基礎③ 『差別化の実践』のページに続く