■2. 広告手段への依存強化の傾向とその反省

まだインターネットが登場していない日本のバブル経済期は空前の好景気で、企業はカネがあまり使い道に困るぐらいでした。その結果、4大マスメディア(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)にOOH(「Out of Home」の略で屋外広告全般のこと)への広告出稿はどんどん拡大し、たとえばアドトラックなどの多種多様な媒体も生まれました。

そして好景気が終焉し訪れたインターネットの時代。イケイケどんどんの広告出稿で見失われた事柄への再認識や反省が、広告出稿者に対して強く求められることとなりました。それらの重要な事柄は、旧態依然の事業スタイルに浸り切っている経営者や広告代理店担当者に認識されていないことがあります。ざっとまとめてみましょう。

(1)ターゲットの明確化

価値観やライフスタイルの多様化と共に、マスが実質的に存在しない状態になりました。ターゲットの人々の無意識にあるベネフィットに訴求することを意識しなくては、全く結果が伴わないようになったということです。ターゲットの人々のモデル像やニーズ、そして、販売者側が訴求するベネフィットが的確に表現できないと広告を打つべきではありません。

また、ターゲットの人々がその広告を認識する瞬間の状況(オケージョンと呼ばれることがあります)も重要です。家族や交際相手に知られたくない内容の広告を想像してみると、そのような想定をする必要性が分かります。

(2)典型的広告出稿常識からの脱却

広告代理店担当者はよく、媒体の中の「視認性の高い枠」、「写真やイラスト、図を用いた表現」、「大きな面積」、「高い出稿頻度」などを提案しますが、これらの方針と広告のコスパは必ずしも連動していません。

新聞に毎日目を通す人が、翌日にはその日の一面広告の内容をすっかり忘れてしまうことはよくあります。逆に、同じ新聞をめくって行く中で、小さな三行広告であっても、気になる内容や文字表現があれば、それを認識します。人間の五感を通した情報収集の仕組みは、そのようにできているので、関係のない情報を、繰り返し目立つ場所に大きく配置しても、ほとんど効果は変わりません。繰り返せば、記憶はされるようになるかもしれませんが、関係のない人には関係のない情報のままです。

(3)情報発信者への評価と情報伝播の経路の意識

AISASモデルにある通り、非販売者発の情報がより重視される状態になりました。それを乗り越えるにせよ、それに便乗するにせよ、そのような構造を意識した広告出稿が為されるべきです。

しかし、だからと言って不用意に情報が共有されるコミュニティであるSNSの場に購買を不躾に誘う情報を垂れ流すべきではありませんし、(海外では全く問題にならない市場が多いですが、国内においては)ステマを無頓着に仕掛けるべきではありません。

(4)即興「ブランディング」への誤った期待

広告を含む情報発信をより効果的にする手法として「ブランディング」と称する、特定の図案やキャッチコピーなどを強調する広告を繰り返す考え方があります。単に記憶に残り易いという意味では、一応評価できますが、それが悪い事柄の記憶では本末転倒です。本来、ブランドは、商品やサービスの「お客様にとって望ましい価値(バリューと呼ばれることが多いようです。)の提供能力の保証」を指しています。

当たり前のことですが、お客から望まれる商品やサービスを提供できていない販売者にはブランディングはできません。その状態で、無理に情報発信をすると、自分の商品やサービスの低評価を単に広めるだけに終わります。それはAISASモデルの情報共有回路にすぐさま載せられ、定着することでしょう。

(5)広告出稿への過剰な期待の排除

よくSNSで「いいね」がたくさんついたり、フォロワーが増加したりということがあっても、その情報の対象商品やサービスの購買には全く結びつかないということがあります。それどころか、通常の媒体費用を伴う広告出稿であっても、効果が非常に限られていることがあります。さらに、その中には、入念にターゲット像を絞り込み、提供できるベネフィットを適切に設定しているケースまであります。

たとえば、映画館に行くとポップコーンをつい頼みたくなる人は多く存在します。これは、長期間にわたるそのような消費パターンの刷り込みの結果として発生することであって、短期間の広告出稿でその認識を塗り替えること(たとえば、他のものを注文させるようにすることやより多くポップコーンを注文させること)は困難です。

また、自動車購入の価格交渉をする模擬実験では、硬い椅子に座った被験者はディーラー相手に強硬な交渉をし、ソファに座った被験者は価格の引き上げに柔軟に応じるなど、「感情プライミング」と呼ばれる無意識の反応が明らかになっています。これらは場合によっては遺伝子レベルで決まっていることで、出稿された広告の情報がこのような無意識の傾向に逆らうことは非常に困難です。

そのような条件下での販売を行なうには、「広告」のみではなく、「PR」や「人的販売」、そして「セールス・プロモーション」を総動員した包括的なプロモーショナル・ミクスで臨む必要が増すことでしょう。